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酸性雨による鉱物風化のメカニズム

研究ノート

瀬山 春彦

 現在,地球規模環境問題の一つとして,湖沼,森林,土壌などへの酸性雨影響が注目されている。自然界の中で,地圏に対する酸性雨の影響は,まずそれに直接接触する土壌粒子や岩石表面に現れる。従って,酸性雨による鉱物の風化現象(溶解や特定元素の溶脱など)を解明するためには,土壌や岩石を構成する鉱物成分の化学変化,特に鉱物表面層の化学組成や化学結合状態変化に関する情報が重要である。そこで,酸性雨による岩石や土壌の風化,溶解のメカニズムを明らかにするため,酸との反応によるケイ酸塩鉱物の表面変化について,いくつかの分析手段(表面分析法)を組み合わせて調べている。ここでは,花崗岩を構成する主要な造岩鉱物の一つである黒雲母と硫酸酸性の水との反応を,酸性雨による鉱物溶解のモデルとして調べた例を紹介する。

 雲母の一種である黒雲母はケイ素,アルミニウム,鉄,カリウム,酸素などからなる,黒色板状の鉱物である。黒雲母薄片試料を硫酸溶液(0.05 mol l-1)中に入れ1週間攪拌し,溶解反応後の黒雲母表面を二次イオン質量分析法とX線光電子分光法により分析した。二次イオン質量分析法では,一次イオンビームを試料に照射し,その表面を削りながら,試料中に含まれる元素を二次イオンとして検出する。従って,表面を順次削り取って分析して行くので,試料中の元素の深さ方向分布を,二次イオン強度の時間変化として測定することが可能である(深さ方向分析)。図に示した分析結果では,硫酸溶液との反応により,黒雲母表面層から鉄,マグネシウム,アルミニウムが選択的に失われ,ケイ素濃度の高くなった表面溶脱層(厚さ約 100nm,1nm=10-9m)が形成されていることが明らかとなった。

図
図 硫酸酸性の水と反応した黒雲母中のケイ素(Si),アルミニウム(Al),鉄(Fe),マグネシウム(Mg)の深さ方向分析
二次イオン強度の時間変化は,各元素濃度の深さ方向変化(測定時間100秒〜7nm)を示す。

 X線光電子分光法では,X線照射により試料中の原子から放出される電子(光電子)を測定し,試料中の元素濃度と化学結合状態を調べることができる。光電子の固体試料からの脱出深さは非常に浅く(10nm以下),得られる情報は試料の最表面層に限定される。X線光電子分光分析では,二次イオン質量分析で分からなかったカリウムの表面溶脱が明瞭に確認できた。また,硫酸溶液による溶脱を受けた黒雲母のX線光電子スペクトルは,ケイ素と酸素の光電子からなる石英に類似のスペクトルパターンを示し,黒雲母最表面の溶脱層は二酸化ケイ素に近い組成になっていると推定された。

 ここで用いられた実験条件は,天然の酸性雨に比べ酸濃度の高いものであるが,得られた結果は鉱物の酸による化学的風化過程に関する基本的な情報を与えてくれる。酸による黒雲母の風化では,まずカリウム,鉄,アルミニウムなどの溶脱によりケイ酸塩骨格が壊れ,ケイ素に富む表面溶脱層(無定形の二酸化ケイ素)が形成される。表面溶脱層からケイ素が溶出し,その下からカリウムや鉄などが表面溶脱層を拡散して溶出しながら,黒雲母全体の風化,溶解反応は進行して行くものと推定される。今後は,自然界で実際に酸性雨にさらされた鉱物試料の表面分析を行い,実験室内での溶解反応と比較検討し,酸性雨による土壌や岩石風化の影響について,さらに詳細に調べて行く必要があると考えている。

(せやま はるひこ,化学環境部動態化学研究室)