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大気汚染ガスによる植物遺伝子の発現量の変化

研究ノート

久保 明弘

 植物は,都市及びその周辺では大気汚染ガスのオゾンによって,また,発展途上国などでは二酸化イオウによって,外見上の傷害や光合成・成長阻害などの被害を受けている。これらのガスを吸収した植物の細胞内で二次的に生成する有毒な活性酸素(O2-,H2O2,HO-など)が植物の障害に関与している。植物は,通常の代謝や各種ストレスによって生成する活性酸素を解毒するために,抗酸化物質や活性酸素を消去する酵素を持っているが,多量の活性酸素が生成した場合には,生体成分が酸化され,前述のような障害に至ると考えられている。私たちの研究グループは,一部の活性酸素消去系酵素の活性がオゾンによって増加することを,ホウレンソウを用いてすでに明らかにしていた。そこで,この酵素活性の増加が,その遺伝子の発現量が増加したことによるのかどうかを明らかにするため,遺伝子の研究に適した野草であるシロイヌナズナを用いて研究を行った。

 シロイヌナズナをガス暴露チャンバーに入れ,0.1〜0.15ppmのオゾンまたは二酸化イオウを1週間与えた。そして,葉中の代表的な数種類の活性酸素消去系酵素の活性を測定した。その結果,オゾン・二酸化イオウとも,それらの酵素のうちアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)とグアヤコールペルオキシダーゼ(PER)の活性を増加させることがわかった。APXは,アスコルビン酸を用いて活性酸素の一種である過酸化水素を水に還元し,無毒化する酵素である。一方,PERは,様々な基質を用いて過酸化水素を水に還元する酵素であるが,その植物中での機能は不明の点が多い。オゾンの方が二酸化イオウより,これらの酵素の活性を増加させる効果が大きかった。また,オゾンの場合,APXの活性は1日で増加したが,PERの活性はそれより遅く2日目以降増加した。シロイヌナズナのAPXのうち,細胞質基質にある,私たちがAPX1と名付けたものは,私たちのこれまでの研究の蓄積により,詳細な解析を行うことが可能である。大気汚染ガスによる酵素活性の増加機構を探るため,葉中のAPX1のタンパク量を調べた結果,オゾン・二酸化イオウによって,APXの活性の増加と同程度に増加していた。

 遺伝子の情報に基づいてタンパク(酵素)が作られる際には,まず,メッセンジャーRNA(mRNA)というものが作られる。そこで,APX1の遺伝子の発現量を調べるため,APX1を作るmRNAの葉中のレベルを測定した。オゾン・二酸化イオウのどちらによっても,APX1のmRNAレベルは増加したが,オゾンによる増加の方が二酸化イオウによる増加より2倍程度高かった。また,オゾンの効果は早く,1日後にはすでに認められた。そこで次に,何時間でオゾンの影響が見られるか検討した。図のように,APX1のmRNAレベルは,清浄な空気中に置いたものでも変動するが,これは明暗周期による日周性である。オゾンを含む空気中に置いたものでも日周性の影響を受けるが,0.1ppmのオゾンにより,APX1のmRNAレベルは3時間以内に増加することが判明した。

 以上の結果から,オゾン・二酸化イオウによるAPXの活性の増加の少なくとも一部はAPX1の遺伝子の発現量の増加によることが明らかになった。また,オゾンによるこの遺伝子の発現量の増加は,野外で生じうるオゾン濃度で起こることがわかった。このように,植物が遺伝子の発現量を調節することによって環境ストレスに耐えている姿が,次第に明らかになってきている。

(くぼ あきひろ,生物圏環境部分子生物学研究室)

処理時間とレベルのグラフ
図 シロイヌナズナ葉のAPX1を作るmRNAのレベルに対するオゾンの影響
白と黒のバーはそれぞれ人工光による明期と暗期をしめす。

執筆者プロフィール:

東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了,理学博士。