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微生物による環境汚染物質の濃縮

研究ノート

冨岡 典子

 環境中に存在する,自然起源のあるいは人為的に放出された物質のなかには,いろいろな生物の体内に濃縮されるものがある。マボヤによるバナジウムの濃縮,貝殻へのカルシウムの濃縮等が有名であるが,微生物もまた多くの種類の物質を濃縮している。これらの能力を利用しようという試みとして,リン酸を濃縮する細菌を用いた排水からのリンの除去や,ウランの酵母への濃縮を利用した海水からのウランの濃縮等がなされている。

 一方,有機水銀により引き起こされた水俣病に代表されるように環境中に自然に存在する,あるいは人為的に放出された物質が生物により濃縮され,食物などを介して人体の健康を脅かす事例も知られている。このような問題は放射性同位元素についても起こっている。チェルノブイリ原子力発電所の事故により放射性セシウムが多量に環境中に放出され穀物,きのこなどに高濃度に濃縮され大きな問題となっている。

コロニーの写真
図1 放射性セシウムを用いたセシウム濃縮細菌の選択

 そこで,細菌をモデルとしてセシウム細胞への濃縮機構を明らかにするとともに,細菌の濃縮能を利用した放射性セシウムの除去とセシウムの測定手法の開発をめざして研究を開始した。まず,土壌中の細菌を培養しそのセシウム濃縮能について検討した。その結果,土壌中に存在する細菌の約1/10がセシウムを濃縮する能力を持っていることが明らかとなった(図1)。このなかで特にセシウムを高濃度に濃縮することができる細菌は,培養液に20mg/lのセシウムを添加すると,菌体の乾燥重量の8.5%にもおよぶセシウムを細胞中に蓄積した。濃縮機構について調べたところ,この細菌はカリウムを濃縮するのと同じ機構でセシウムを濃縮していることが分かった。通常生物は細胞中に高濃度にカリウムを濃縮しており,特にこの細菌のセシウム濃縮能が高い理由の解明は今後の研究課題である。

 細菌の中に高いセシウム蓄積能を持つ物が存在することが明らかになったので,現在この細菌を利用した,放射性セシウムの除去や測定手法の開発に関する研究を行っている。透析チュ−ブ内にセシウムを濃縮する細菌を入れ,それを放射性セシウムの入った水溶液につけると,水溶液中の放射性セシウム濃度は時間の経過とともに減少し,32時間後には初期濃度の25%にまで減少した(図2)。この時点で細胞中の放射性セシウム濃度は初期の水溶液中の濃度の7500倍に濃縮されたことになる。放射性セシウムの汚染の測定に際しては通常濃縮操作が必要であり、細菌を用いれば放射性セシウムを簡便に濃縮できる可能性がある。このように生物,特に微生物にはまだまだいろいろな能力が隠されており,これから環境の保全にこれらの微生物の持つ能力を利用していくことがさらに求められていくものと考えられる。

図2  セシウム蓄積細菌を用いた放射性セシウムの除去

(とみおか のりこ,水土壌圏環境部水環境質研究室)

執筆者プロフィール:

千葉大学園芸学部農芸化学科卒,農学博士
<趣味>オートキャンプ