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土壌中におけるイオウの存在形態とその分別定量法の開発

論文紹介

高松 武次郎

 1. "Determination of DTNB-reactive sulphhydryl groups in soil humic acids: their enrichment in humic acids from volcanic acid soils" T. Takamatsu: European Journal of Soil Science, 45 183-191 (1994)

 2. "Sulfur speciation in soil humic acids" T. Takamatsu: Proceeding of the International Workshop on Development and Application of Biogeochemical Methods in Acid Rain Research, 143-150 (1993)

 3. "Effects of volcanic acid deposition on soil chemistry: I. Status of exchangeable cations and sulfur" T. Takamatsu, J. Boratynski and K. Satake: Soil Science, 154, 435-449 (1992)

 酸性降下物の土壌生態系への影響要因の一つに,過剰の硫酸イオンの負荷による土壌の酸性化が知られている。硫酸イオンは土壌への吸着力が比較的弱いため,生物活性の低い鉱物質の土壌に負荷された場合には,表層から下層に容易に移行し,それに伴って土壌を中性に保つのに不可欠なカリウム,マグネシウム,カルシウムなどの塩基性陽イオンも土壌層から溶脱して土壌が酸性化する。しかし,我が国のように植生が豊かで,有機物含量や微生物活性の高い土壌では,土壌表層に負荷された硫酸イオンの大部分は,下層に移行する以前に植物や土壌微生物に吸収されて種々の含硫生体有機物を構成する。生物が死ぬと,生体有機物に含まれたイオウは,遺骸の分解過程を通して残留し,多くはフルボ酸や腐植酸などの土壌有機物の成分元素となって表層土壌中に滞留する。その後,土壌有機物の分解(無機化)に伴って再び硫酸イオンとして土壌溶液中に放出され,次第に下方に移行する。また生物に吸収されたイオウの一部は,環境条件によっては硫化水素やジメチルサルファイド(DMS)などの揮発性イオウ化合物に変換されて放出されるので,大気に還元されたり,難溶で生物に利用され難い硫化物(FeSやFeS2など)を生成して土壌に長く残存したりする場合もある。図1は以上のようなイオウの形態変化の過程を模式的に示したものである。

 このように,生物活性の高い土壌では,負荷された硫酸イオンは形態を色々に変えながら土壌層中をゆっくりと移動していく。そのため,土壌の酸性化の機構や酸性化を誘発する負荷量の閾値,いわゆる硫酸イオンの限界負荷量などを知るためには,酸性化が危惧される地域で,まず土壌中のイオウの存在形態を詳しく分析する必要がある。しかし既存の分析法では対応できない形態があり,目的を十分に達成することは不可能であった。そこで我々の一連の研究では,既存の分析法を改良したり,独自に新しい分析法を開発したりして,図1中に枠で囲ったイオウ形態のすべてを分別定量できる方法を開発した。また,その分析法を,硫化水素や亜硫酸ガスで暴露された火山噴気口周辺の強酸性の土壌(pH = 2.81~3.93,火山性強酸性土壌と記す)に適用することによって,分析法の有効性と信頼性を検証した。

 以下に紹介するのは開発した分析法の概略である。まず,土壌を過酸化水素を用いて高圧下で酸化分解しイオウの全量を定量する。引き続いて,無機態イオウの分別を行う。すなわち,硫酸イオンはアルカリや酢酸溶液による抽出を利用して,元素状イオウ(S0)はシクロヘキサン抽出と塩化第一スズ/粒状亜鉛 /塩酸の混合物による還元気化を利用して,硫化物(FeS),亜硫酸イオン,及びチオ硫酸イオンはヒドロキシルアミン塩酸/塩酸の混合物による還元気化を利用して,またパイライト(FeS2)は塩化第一スズ/粒状亜鉛/塩酸の混合物による還元気化を利用して,それぞれ分別定量する。

 次は有機態イオウの定量であるが,その全量は上の操作で定量したイオウの全量から無機態イオウの合計量を差し引いて求める。次に,有機態イオウの分別を以下の方法で行う。すなわち,硫酸エステル(R-OSO3H)は塩酸による選択的に加水分解法で,スルホン酸(R-SO3H)はバリウムイオンの選択的吸着を利用した方法で,またスルフヒドリル(R-SH)は従来含硫アミノ酸やタンパク質の定量に汎用されてきたDTNB試薬による比色法で,それぞれ定量する。さらに,炭素鎖イオウ(-S- ,-S-S-,環状イオウなど)は有機態イオウの全量から硫酸エステル,スルホン酸及びスルフヒドリルの合計を差し引いて求める。なお,有機態イオウの分別定量では,あらかじめ抽出分離した土壌有機物を用いて行うと好都合であったので,ここでは,典型的な土壌有機物であり,土壌中に最も多量に存在する有機物でもある腐植酸を用いて行った。

 我々の一連の分析法を火山性強酸性土壌に適用した結果,イオウの大部分は有機態として存在すること,また無機態のイオウはほとんどすべてが硫酸イオンとして存在することが明らかとなった。

 さらに,有機態イオウを詳しく分別した結果(図2),その主要な形態は炭素鎖イオウと硫酸エステルで,火山性強酸性土壌の有機物では,炭素鎖イオウと,そしてわずかではあるがスルホン酸とスルフヒドリルが通常の土壌に比べて富化されていることが分かった。一方,硫酸エステルの濃度は火山性強酸性土壌と通常の土壌でほとんど差がなかった。火山性強酸性土壌には,硫化水素や亜硫酸ガスの暴露によって多量のイオウが負荷されていたにもかかわらず,土壌有機物中の硫酸エステルが増えていなかったのは,土壌pHの低下でこの形態の酸加水分解速度が速くなっていたためと考えられる。

 酸性雨などの人間活動に由来するイオウによって土壌が酸性化した場合も,火山性強酸性土壌で見られたのと同様の変化が予想されるが,今後は実際に酸性化が危惧される地域で,イオウの存在形態や動態を詳しく調査・研究する必要がある。

図2  主要な土壌有機物である腐植酸中のイオウの形態

(たかまつ たけじろう,水土壌圏環境部土壌環境研究室長)

執筆者プロフィール:

京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士
〈趣味〉小鳥飼育,東洋蘭,渓流釣り。