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都市近郊林地保全のための都市型トラストの可能性について

論文紹介

青柳 みどり

 1.“都市近郊林地保全のための林地所有者の行動についての実証的研究” 青柳みどり・山根正伸; 造園雑誌 54,(4) 266-272 (1991) 2.“都市近郊における使用貸借型の林地保全施策の事例について” 青柳みどり・山根正伸; 造園雑誌 55,(5) 343-348 (1992)

 今は亡き華山 謙先生が1978年に岩波新書で出された『環境政策を考える』の「はしがき」に以下のような文章がある。「.....環境の問題は土地の利用形態と密接な関係を持っている。..(中略)..自然の保護は多くの場合土地所有者に所得をもたらさないのに,開発は多かれ少なかれいくばくかの所得をもたらすものであるから,"成長か環境か"という設問は,ここでは特定の土地所有者の所得の増大への期待と,その周辺の住民の好ましい環境への期待の対立という形に変形される。」

 この問題の構図は現在も全く変わっていない。今回取り上げた論文は1991年から1992年に発表されたものであるが,その位置づけ,当時の結論が現在なおも意義を持つということができる状況にある。筆者らが神奈川県で調査を行っていた1989年には,急激な地価の上昇による緑地の減少が問題となり,多くの自治体で様々な制度を用いて開発から環境を守ろうとしてきたが,莫大な土地売却所得や相続税の支払いの前にはなすすべがなかった。調査対象とした神奈川県は,首都圏の通勤圏ということもあり,宅地や公共用地,業務用地への転換が急速度で進展し,土地所有者への影響も他地域に比べると急激であった。対する自治体の危機感も大きく,横浜市などでは早くから林地保存のためにトラストの一方式ともいえる「市民の森」を制度化し,調査時点で300ヘクタールにおよぶ林地を確保していた。

 横浜市の「市民の森」は,まとまった林地を「市民の森」として指定,都市計画税及び固定資産税を免除し,市民に開放するものである。さらに,地権者で「愛護会」を組織し,「愛護会」で維持管理作業を受託することで労力とその労賃を確保している。地権者は,所有権はそのままで,税が免除になり,管理労力・労賃が確保される。横浜市では,土地にかかる税と管理の負担が地権者への市民の森提供へのインセンティブとなるほど大きいため,この制度がうまく機能したと考えられる。

 本論文は,農地法や土地利用計画法の開発制限を受けていないにもかかわらず,「身近な自然」として住環境保全に大きな役割を果たしている「都市近郊林地」を取り上げ,土地所有と環境保全の問題を考えようとしたものである。最初にあげた論文においては林地所有者への,次の論文では横浜市の「市民の森」担当者へのインタビューを行った。その結果,林地はほとんどがもともとの農用林や屋敷林で生産物収入はないにもかかわらず,土地の所有には莫大な費用がかかっていることが分かった。例えば固定資産税や都市計画税などについてみると,図に示したように,都市計画法上の市街化区域に土地を所有している場合には,年間の固定資産税及び都市計画税の支払額が林地にかかるものだけで100万円をこえる世帯がある。また,林地管理作業を担っていた農業労働力が高齢化し減少している現在では,維持管理費用,維持作業労力ともに負担感が大きいということが分かったのである。さらに相続が発生したときの税対策については「売りやすい」ところから売却して支払うしかないと考えており,さらに規制のかからない林地は売却対象になりやすいことも所有者は指摘した。また,労力や税金の負担が大きいほど,所有者は林地を他の収益のある用途へ転用しようとする意向が強く,維持管理費用の節約を図ることのできる市民の森などへの提供意向も強いことが分かった。

 横浜市では,市民の森地権者に相続が発生した場合には,市が優先的に買い取り交渉を行うことを規定しており,実際に市街化区域内にかかっている「市民の森」では市が既に買い取った面積が多くなっている。森が分割されてしまっては「市民の森」の意義が半減してしまうということもあるが,この買い取り実績が,新規または更改にあたっての地権者との「市民の森」契約交渉をスムーズにしている一つの要因であると市の担当局職員は指摘している。

 環境保全のための土地の確保はナショナルトラストが有名であるが,土地の買収を伴うため多額の費用の確保と地権者の抵抗がネックとなる場合が多い。横浜方式のような「都市型」トラストはこれを克服する一つの方策を示しているように思われる。

(あおやぎ みどり,社会環境システム部環境経済研究室)

図  固定資産税の状況(1989)

執筆者プロフィール:

京都大学農学部農林経済学科卒業。農学博士。 〈メッセージ〉この論文は,インタビューを通じて自然保護と人々の生活について深く考えさせられた思い出深いものです。