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Richard Weisburd (訳 信子・ワイスバード)

リチャード  ワイスバードの写真

 日本人や外国人に,外国で仕事をしていた時と比べて,日本で仕事をする時何が欠けているか,とよく聞かれる。まず思いつくのは,私が日本に来る前によく行っていた科学上の討論の頻繁さと深さである。西洋では,科学的意見をよく同僚と交換する。こうした討論の場を踏んで,自分や同僚のアイディアを厳しく評価することを学んだ。建設的な批評は,研究を高い創造性と生産性へと導くのに大変役に立つ。有能な科学者は自分に対しても厳しい批評家であるべきである。

 日本では海外にいる時と違い,気軽な科学的討論にあまり参加したことがなく,率直な批評を受けたこともほとんどない。もちろん言葉のハンディがあるため身近でおこる討論に参加できないこともよくある。しかし日本人科学者同士でも率直な批評の交換はまれである。特に,日本の大学院生から直接の批評が聞かれることはまずない。東京大学,理化学研究所等の研究所では,研究所のプログラムに対し,外国人研究者を含む外部からの批評をあおぐことによって,この問題を認識するようになってきている。

 西洋では批評がいつも建設的というわけではない。見解の相違は時には闘争に発展し,討論をしている当人達はお互いに敵意を持ち,柔軟性にかける様になる。例え真理が,二者の科学者の見解の中間にあったとしても,硬直した感情のために歩み寄ることができない時もある。

 日本の社会では調和ということが高く評価される。率直な批評は受け取る側がその真意を理解しない場合,社会の調和をそこねることになる。しかしながら,思慮深い批評はアイディアの貴重なinputとして受け入れられることができる。日本社会の評価基準は率直な批判を制限してしまうが,一方西洋で見られるように建設的批評が一線を越え敵意と化してしまうことを防いでいるとも言える。敢えて言うならば,日本の科学者と教育者は,率直で建設的な批評を奨励育成することによって,創造力と生産性を高めるべきである。厳しい物の考え方や,アイディアの交換を刺激するためには,様々なテクニックを駆使する必要がある。さらに重大なことは,善意ある批評が提示された時,我々はその批評をいかに役立てることができるかを考慮すべきだろう。

 この4年間環境研究所での仕事やスタッフの人達との共同研究を楽しんで行ってきたが,奨学生期間も間もなく終わりに近づこうとしている。この紙面をお借りし,環境研の皆様と仕事をする機会に恵まれたことを御礼申しあげます。

(リチャード ワイスバード,地域環境研究グループ湖沼保全研修チーム共同研究員)

執筆者プロフィール:

東京水産大学招聘研究員。ハワイ大学海洋学科大学院博士課程修了。Ph.D.。
〈現在の研究テーマ〉Aquatic biogeochemistry and productivity.
〈趣味〉ボディサーフィン, 畑仕事