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大気系研究部の近況−がんばれ部長さん

論評

鷲田 伸明

 平成2年7月の組織見直しから4年が過ぎてしまった。その間,当研究所のいわゆる大気系の研究員は10人が入れ替わり,この10月と来春4月採用予定者を入れると12人が入れ替わることになる。大気環境問題のキーワードはかつての光化学大気汚染からオゾン層や温暖化など地球規模大気環境問題といわれるものになった。私自身は基盤部門である大気圏環境部を預かっているのだから部の充実を考えねばならないのは当然であるが,見直しの精神にあるいわゆるタテ糸,ヨコ糸の関係を思うと総合部門との協力も念頭に置かねばならない。

 20年前大気環境部は,風洞やチャンバー,レーザーレーダーに代表される大型施設を前面に押し出しながら,室長でも30代半ばという若いスタッフが実に多方面において先導的かつアクティブな研究を行った。今は九州大学の教授をしている植田室長(当時)をリーダーとした若松,鵜野君らの関東平野から長野にかけての光化学大気汚染の動態研究,現東大教授をしている秋元室長(当時)をリーダーとした酒巻君らの光化学スモッグ反応機構の解明,現千葉大教授の竹内室長(当時)をリーダーとした清水,笹野,中根,杉本君らのレーザーレーダーの技術の開発など見栄えのあるものはもちろん,井上君のレーザー誘起ケイ光法による新しいフリーラジカルの分光や,小生の光イオン化質量分析計によるラジカル反応の速度・機構の決定などは各々が今でも熱い思い入れと自信を持っている研究であると確信している。

 現在大気系の目玉は,衛星,オゾンライダー,シベリア観測,GCM(General Circulation Model)などとなり,これらは必ずしも大気系のみの研究ではないが,大気系の人達がかなり中心部を背負っている課題である。先に述べたように大気系では約12名の新しい研究員が居る。私が期待することは,これらの新しい人達が起爆剤となって,20年前にあった研究開拓への熱気を再び呼び戻したいことである。それには上記の課題の中心人物として活躍してもよいし,新しい分野,課題の開拓を行ってもよい。本当は後者の方が望ましい。いま新しく入った人達を含め若い人達を見ていると,ともすれば研究所の既成のしがらみにすがろうとしているかに見える。すなわち,新しいものの開拓への自らの野望というものが希薄に感ぜられる。研究者として思う存分やりたいというよりも,研究職という職業をもっていたいという風にも見える。研究の場で周囲と闘うよりも,周囲との調和を求めている風にも見える。だから妙に評価などを気にする。研究者にとって評価は世界が下すものであって,こんなちっぽけな研究所の部長や室長がどう思おうと,本来気にもならないはずである。

 最近大気系から大学にでた人達から聞くことは大学のもつ明るさと,楽さである。その理由として大学の研究では「何が面白いか」を中心にして自分の講座の研究だけに集中できるという。他方研究所のもつ重苦しさには,「何が面白いか」だけでなく,「何が重要であるか」が必要になり,それと連動して,自分の研究と研究所,はては環境庁,環境行政とのバランスが常に念頭から離れない。しかしそのバランスこそが研究所の醍醐味で,それがなかったら研究所にいる甲斐がない。まず自分の野望を最も大切なものとする。その野望は研究所という場があってはじめて可能になる。そのためには環境庁も大学も,学会もみな大切である。だから,基本的には自らの野望を肥やし,研ぎ澄ますことがまず必要なのである。先日当所の研究推進委員会で「社会的ニーズ」について,ちょっとした議論があった。いわゆる研究計画策定小委員会報告書についての推進委員会見解で,「真の社会ニーズに対応した目的志向型の総合的なプロジェクト研究」とあるのを「社会ニーズを真の学問に根ざした科学的見地からとらえ,学問研究としての位置づけを与えその答えを社会に還元する総合的プロジェクト研究」として欲しいと言ったら,当時の久野主任研究企画官に前者は茅レポートをそのまま写したのだといわれてしまった。

 自らの野望の強さは研究者にとってすこぶる大切であるが,目的研究所にとっては,それがバラバラでは困ることになる。バラバラの野望をどう統一していくかは,部長や室長の重要な仕事だろう。その意味ではもっと部長に仕事を与えて欲しい。最近思うことは,研究者は自らの研究を通してしか何もできないことである。研究管理といえども自らの研究あってのことで,それがなかったら,管理への意欲もなくなり,すべてどうでもよくなってしまうだろう。だから部長も研究を続けるべきと考える。食堂などでお見かけする鈴木所長は,健康系の若い人達と談笑しているときが一番楽しそうに見える。私にはそんな所長の気持ちがよく分かるような気がする。

(わしだ のぶあき,大気圏環境部長)

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