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“Enhanced tolerance to photooxidative stress of transgenic Nicotiana tobacum with high chloroplastic glutathione reductase activity” Mitsuko Aono, Akihiro Kubo, Hikaru Saji, Kiyoshi Tanaka and Noriaki Kondo: Plant and Cell Physiology,34(1),129-135,(1993)

論文紹介

青野 光子

 近年,華やかに取り沙汰されている地球環境問題の陰に隠れてはいるが,大気汚染は決して過去の問題ではない。東京に比べるとずいぶん空気が良いように思えるつくば市でも,夏になるとアサガオの葉にオゾンによるらしい被害がでているのを見る。オゾンは,自動車の排気ガス中に含まれる窒素酸化物(NOx)と炭化水素に光が当たってできる,光化学オキシダントの主成分である。光化学オキシダント汚染は,東京都などにより20年以上前から被害調査研究が行われているが,いまだ汚染状況は十分には改善されていない。
 
 このような状況下で,遺伝子工学を利用して,指標植物となるオゾン感受性の高い植物や,汚染された大気を浄化するためのオゾン耐性植物を作出する試みが,当研究所の1986年度から1990年度にかけての特別研究「バイオテクノロジーによる大気環境指標植物の開発に関する研究」の一環として行われた。この感受性・耐性植物作出の基本となる,植物のオゾン耐性のメカニズムに関する研究を出発点として,広く環境ストレスに対する植物の耐性機構の解明につながる結果が得られた。それを報告したのが今回紹介する論文である。

 オゾンや二酸化硫黄(SO2:亜硫酸ガス)などの大気汚染ガスや,乾燥などの環境ストレス,パラコートなどの除草剤による植物の傷害には,活性酸素が関与すると考えられてきた。活性酸素とはスーパーオキシドアニオン(・O2-),一重項酸素(1O2),ヒドロキシルラジカル(・OH)などの反応性に富む酸素分子種で,細胞に様々な傷害をもたらす。一方,植物はこれら活性酸素の解毒のために,グルタチオン,アスコルビン酸といった酸化還元物質や,グルタチオンレダクターゼ(GR),アスコルビン酸ペルオキシダーゼ,スーパーオキシドジスムターゼなどの酵素からなるシステムを持っている。

 ところで,ホウレンソウでは,オゾン暴露に伴ってGR活性が上昇することが我々の研究で分かっている。このことから,オゾン耐性にはGRが関与している可能性を考え,タバコに大腸菌GR遺伝子を導入し,GR活性の高い遺伝子組換えタバコを作った。大腸菌GR遺伝子を使ったのは,当時まだ植物のGR遺伝子が単離されていなかったからである。この遺伝子組換えタバコのGR活性は対照のタバコの約3倍であった。

 この遺伝子組換えタバコにオゾンを暴露したところ,予想に反して可視傷害は対照と有意な差は認められなかった。一方,パラコートとSO2に対する耐性は対照よりも高かった(図)。この結果は,パラコートとSO2による傷害の直接の原因となっているのは活性酸素であるが,オゾンによる傷害は他に別な原因があるらしいこと,すなわちパラコートやSO2とオゾンでは傷害の仕組みがかなり異なることを示唆している。さらに,GRが活性酸素の解毒に大きな役割を果たしている可能性も示している。つまり植物の環境ストレス耐性機構に関する重要な情報が得られたのである。

 大気汚染指標植物から出発した研究が,植物の環境ストレス耐性というより大きなテーマへと広がり,そこで得られた成果が結局大気汚染対策に生かされる,そんなことを期待している。

(あおの みつこ,生物圏環境部分子生物学研究室)

SO2に暴露した遺伝子組換えタバコ