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地下水中における硝酸性窒素の起源に関する研究

プロジェクト研究の紹介

平田 健正

1.地域密着型研究の背景

 環境問題の多くは,地域の人間活動や自然的,社会的な条件に根ざしている。地球温暖化やオゾン層破壊などの地球規模の環境問題も,もとは地域レベルから生じている問題である。地域の環境問題として,水域の富栄養化,交通公害や大気汚染などは従来から解決の急がれている課題であり,さらに廃棄物処理や微量有害化学物質による環境汚染は一部地域で既に顕在化している。こうした個別地域での環境問題の解決には,以前から現場を持つ自治体の研究機関と国の試験研究機関との共同研究が必要であると指摘されていた。こうした背景にあって,自治体と国の研究機関が協力して問題解決を図る地域密着型研究が,環境庁の国立機関公害防止等試験研究の中で,平成5年度より開始された。

 最初に取り挙げられたのは,国の研究機関として科学技術庁・防災科学技術研究所と国立環境研究所,自治体からは山形県・岐阜県・沖縄県の研究機関が参加する「多雪地域における地下水の汚染機構の解明及び涵養手法の開発に関する研究」であり,標記課題は国立環境研究所が担当する部分である。

2.本研究の内容

 土壌・地下水汚染といえば,最近ではトリクロロエチレンなどの揮発性有機塩素化合物を指すことが多いが,硝酸性窒素もトリクロロエチレンなどと並んで高濃度・高頻度で地下水から検出される物質である。揮発性有機塩素化合物は使用することを目的に人工的に合成された物質であるのに対して,硝酸性窒素は大気中の窒素ガスを起源とする自然界に多量に存在する物質である。また,硝酸性窒素はメトヘモグロビン血症(チアノーゼ,窒息症状)を引き起こす物質として,水道水質基準や水質環境基準10mg/lが定められている。本研究では,こうした硝酸性窒素による地下水汚染機構の解明を目的にしている。

 水環境中の窒素化合物の生成は,自然状態では微生物による窒素固定に始まる。全球的に微生物によって固定される窒素量は年間4×1010〜1×1011kgと見積もられており,一方工業的にも年間8×1010kgの窒素が固定されている。このように人工的に固定される窒素量は自然状態で固定される量に匹敵しており,この窒素が地球のどこかに蓄積されることになる。特に,土壌や地下水中では水の移動速度が遅く,分解も進まないため,硝酸性窒素として地下環境中に蓄積されることになる。なかでも,地表面と地下水の間に粘土などの不透水層のない浅い地下水中で高濃度で検出されることが多い。さらに深い地下水であっても多量の地下水を汲み上げると,高濃度な硝酸性窒素を含む浅い地下水が深い地下水にまで侵入し,汚染を拡大することがある。特に多雪地域では生活道路を確保するため,消雪用に多量の地下水を汲み上げており,深い地下水にまで汚染の進むことが懸念されている。本研究では,多雪地域の地下水利用を念頭に置き,地下環境中での窒素挙動の解明や汚染を招かない適切な地下水の利用法や涵養手法の開発を目指す。

 地下水への窒素供給源として,降雨,工場排水や生活排水の地下浸透処理,農地への施肥などがある。ただ降雨にも含まれてはいるが,わが国の年平均濃度を見ると,無機態窒素濃度(アンモニア性窒素+硝酸性窒素)で0.52mg/l,年降雨量を1750mmとすると,負荷量は9.1kg/ha/yとなり,高濃度な地下水汚染を引き起こす要因とはならない。生活排水について稠密な市街地で集中的な地下浸透処理を行えば,地下水汚染を招く恐れはあるが,最も懸念されるのは農地に施用された窒素肥料からの溶脱である。

 一例として,年間500kg/haの窒素肥料を施用した畑地地下水の硝酸性窒素濃度を図に描く。同図は上流域から実験畑地までの地下水中の硝酸性窒素濃度の変化を示しているが,畑地に入ると硝酸性窒素濃度は急激に上昇し,最大92mg/lにもなることが分かる。本研究では,こうした地下水中の硝酸性窒素の起源を15Nと14Nの安定同位体比を利用して明らかにする。窒素安定同位体比は,食物連鎖の過程で一段上がるごとに数‰上昇することが知られており,この特性から地下水中の硝酸性窒素について無機化学肥料,堆肥・厩肥,生活排水などのだいたいの起源を知ることができる。さらに酸素安定同位体比や他の水質情報を加味して水や物質の移動量を求め,森林,農地,市街地など土地利用別の窒素負荷量を算定するとともに,土地利用特性の地下水質に及ぼす影響を明らかにする。

(ひらた たてまさ,地域環境研究グループ有害廃棄物対策研究チーム)

図  実験畑地への施肥による硝酸性窒素濃度の上昇