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退任に際して − 基礎研究のすすめ −

前環境健康部長 三浦 卓

 国立環境研究所に期待されているところは大きい。退官して振り返ってみるとその大きさに改めて驚き,わが身はどれだけその期待に応えたのかという疑問を抱く。過去4年程の間にプロジェクト研究部門と基礎研究部門の両方に在籍した経験から,変貌しつつある環境科学の問題に取り組んでいる研究者の現状について思いめぐらしてみた。国立環境研究所に要求されていることは,地球環境問題はいうに及ばず,環境リスク評価,自然環境保全等と枚挙にいとまがない。地域における公害問題にも解決しなければならない問題が多い。これらの行政的あるいは社会的要求に答えるための研究とともに,それらの研究を可能にするための手法の開発研究も求められている。また,各研究者が所属する学問分野の中で基礎的研究を発展させることも研究者として生きて行くためには必須であろう。さらに,環境問題の研究は,優れて国際的であるのでそのような協力関係も維持発展させなければならない。このような多岐にわたる外的要求の上に,自らの内的欲求も満足させなければならない。両者のバランスを取りつつ環境科学を発展させていくためには,研究管理を行う立場の研究者の適切な管理運営が必須である。研究管理者にはことさらの能力と努力が要求され,その責任は重い。

 研究者は,本質的に内的欲求に忠実でありたいと願望するし,そうであってほしいと考えている。基礎的な知識と研究技法を身につけた研究者であれば,自らの内的欲求に忠実に研究を深化させ,優れた研究成果を創りだせるであろう。国立環境研究所においても4年ほど前に創設されたプロジェクト研究部門に配備されるのを拒否し自らの内的欲求に従い研究の深化を追及している研究者も少なくない。しかし,このタイプの研究者も自らを締めつけているたがを感じ,ある種の後ろめたさを抱いている場合がある。問題解決を志向するという環境科学のたがの中での自己の存在理由と内的欲求との調和を計るのにはどうしたらよいのか,もう一度振り返って考えてほしい。

 研究者の中には,プロジェクト研究に積極的に参加し,新たな研究の展開を計り優れた研究成果を上げている研究者も多い。一方,様々な理由から,プロジェクト研究を担当せざるを得なかった研究者も存在する。いずれの場合も,好むと好まざるにかかわらず解決すべき問題を熟知しそれにストレートに肉薄できるという有利な立場にある。環境問題には,機構解明のための基礎的な研究を行う価値がある多くの現象がいまだ隠されている。多くの課題を抱え暇はないと思われるかも知れないがそのような研究者にこそ,研究をしたいという内的欲求は何なのか,環境科学の中でどのように位置づけられるのかを問いかけたい。それを明らかにして,自らの欲求を実現するにはどうしたらよいのかに答えを出して頂きたい。プロジェクト研究部門に所属していても,現状ではそのような基礎研究を行う時間は作れるのではなかろうか。それが無理ならば,深く基礎研究部門に戻り数年間基礎研究に専念するのもよいであろう。問題は,プロジェクトと基礎の両部門間の交流をいかに保証するかであろう。

 あくまでも目標は,環境科学に課せられている多くの課題について基礎的な研究を積み重ね,永続しうる学問として体系化することである。それなしには,環境科学は単なる技術の切り売りになってしまうような気がする。

 4月から環境生命科学を志す学生たちに教育を行っている。彼らの環境問題に対する好奇心に満ちた真しな態度に接してみると,環境問題について本質的な機構を説明できるだけの基礎がまだ環境科学の分野に十分にできていないことを痛感する。彼らの指針となるような研究が国立環境研究所から溢れ出ることを祈っている。

(みうら たかし,現在:東京薬科大学生命科学部教授)