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“Zooplankton community responses to chemical stressors: A comparison of results from acidification and pesticide contamination research” Karl E. Havens and Takayuki Hanazato: Environmental Pollution, 82, 277-288 (1993)

論文紹介

花里 孝幸

 私が科学技術庁長期在外研究員としてアメリカに滞在中,サンタフェ(ニューメキシコ)で開かれたアメリカ陸水海洋学会に参加した折,ケント州立大学(オハイオ)の ハーベンス( Havens)氏に会った。彼は動物プランクトン群集に及ぼす湖沼の酸性化の影響を研究しており,動物プランクトン群集に及ぼす殺虫剤影響を調べた私の一連の研究論文を読んで,私の仕事に興味を持ってくれていた。彼は話の中で,酸性化と殺虫剤の動物プランクトン群集への影響には共通するものが多くあっておもしろいという話題を持ち出した。実は私も同様のことを考えていたところで,同じ見方で動物プランクトン群集を研究している人がいるということに嬉しさを感じた。二人の話は,酸性化と殺虫剤汚染に対する動物プランクトン群集の反応という観点で,これまでの論文を整理して共通性を検討してみようということに発展した。そして生まれたのがここに紹介する論文である。

 湖沼生態系における食物連鎖の概略を図に示す。私達の扱う動物プランクトンは生態学的に大きく3つのグループに分けられる。すなわち,大型で植食性のもの(例えば大型枝角類(ダフニア)),小型で植食性のもの(小型枝角類やワムシ類),そして無脊椎捕食者(フサカ幼虫,捕食性カイアシ類など)である。

 論文では酸性化と殺虫剤汚染に対する動物プランクトン群集の反応に,二つの共通性を抽出した。一つは動物プランクトン群集の平均サイズが小さくなること。つまり大型種が姿を消し,小型種が優占するようになることである。二つ目は一次生産者(植物プランクトン)から二次生産者である動物プランクトンへの食物連鎖を通したエネルギーの流れの効率が低下することである。

 酸性化と殺虫剤汚染によってまず大型枝角類のダフニアが姿を消す。また大型の無脊椎捕食者や大型植食性カイアシ類も減少する。一方,小型枝角類やワムシ類が増える。その結果,動物プランクトン群集の平均サイズが減少することになる。ただし例外はある。大型の捕食者フサカ幼虫は酸性化が進行したり殺虫剤汚染が起こるとかえって優占度を増す。比較的大型の枝角類,ホロミジンコは酸性化に強く,タマミジンコは殺虫剤汚染に強い。

 酸性化と殺虫剤によりストレスを受けた湖沼生態系で小型の動物プランクトンが優占することの説明に,以下の理由が考えられる。
1)小型の動物プランクトンの方が大型のものより低いpHや殺虫剤に対し一般的に高い耐性をもつ。特に大型のダフニアが死滅すると,それまで餌を介した競争でダフニアによって抑えられてきた小型枝角類やワムシ類が増加する。
2)小型の動物プランクトンの方が大型のものより種数が多く,その中には低いpHや殺虫剤に対し高い耐性を持つ種が存在する確率が高い。
3)甲殻類は脱皮のときに最も殺虫剤の影響を受けやすいと考えられるが,小型枝角類は大型枝角類より成熟するまでの脱皮回数が少ないため,産仔を開始するまでにダメージを受けて死ぬ確率が小さい。
4)小型動物プランクトンは大型に比べ高い増殖速度をもち,殺虫剤の影響を受けて個体数が減少しても、その後より早く回復して優占する。

 酸性化と殺虫剤汚染によって一次生産者から動物プランクトンへの食物連鎖を通したエネルギーの流れの効率が低下するという傾向は,動物プランクトン群集の平均サイズの低下と関係している。一般に大型動物プランクトンほど大きなサイズの植物プランクトンを摂食できる。したがって,大型動物プランクトンが姿を消すと,小型のものには摂食できない植物プランクトンが増え,その分一次生産物が食物連鎖を通して直接には動物プランクトンへ流れて行かなくなる。実際,酸性化が進んだときに動物プランクトンの現存量や生産量が植物プランクトンに比べて相対的に小さくなることや,殺虫剤に汚染されたときに大型植物プランクトンが増加する現象が観察されている。特に湖沼生態系の食物連鎖の中での重要種(Key species)であるダフニアがストレスを受けて消滅することが重大である。ダフニアは植物プランクトンを効率良く摂食し,魚の良い餌となる。したがってダフニアの消滅は,一次生産者から高次生産者へのエネルギーの流れの効率を大きく減少させる結果となる。

 動物プランクトン群集は他の環境ストレスに対しても同様の反応を示すように思われる。例えば平均サイズの減少は富栄養化というストレスのもとでも起きる。しかしながら,そのメカニズムは環境ストレスの種類によって異なる。それにもかかわらず異なるストレスに対する群集の構造的機能的反応に一定の傾向がみられるというのはおもしろい。多くの人為的環境ストレスに対する群集および生態系の反応に共通性,法則性を見いだせれば,人間による環境改変の生態系への影響の予測,及び対策に貴重な示唆を与えられるだろう。

 ハーベンス氏との会話が私の研究の幅を広げてくれた。様々な研究者と情報を交換し議論することの重要さをあらためて感じた。

(はなざと たかゆき,地域環境研究グループ 化学物質生態影響評価研究チーム)


図  湖沼生態系の食物連鎖