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("Effect of arsenic pollution on soil microbial population" Mikiya Hiroki: Soil Science and Plant Nutrition, 39, 227-235 (1993))"Arenic fungi isolated from arsenic-polluted soils" Mikiya Hiroki and Yoshihito Yoshiwara:Soil Science and Plant Nutrition, 39, 237-243 (1993)

論文紹介

広木 幹也

 ヒ素は「農用地の土壌汚染の防止等に関する法律(土壌汚染防止法)」で特定有害物質に指定されている元素の一つである。地熱発電所や鉱山の廃水等に含まれるヒ素が潅がい水等を通じて農耕地を汚染したことから,汚染土壌における農作物の生育への影響等が問題にされてきた。また,ヒ素は半導体を始め各種工業製品の原材料としても多く使われることから今後も環境汚染を引き起こすことが懸念される元素の一つであるが,土壌生態系への影響についてはこれまで,あまり研究がなされていなかった。一方,環境中に多種多様な化学形態で存在するヒ素化合物の化学形態の変化には微生物も関与し,例えば,無機あるいは有機態のヒ素化合物をメチル化し,アルシン類を揮散する真菌類の存在は19世紀の終わりには既に知られていた。これらヒ素カビ(arsenic fungi)と呼ばれる菌類のヒ素化合物代謝の機構についてはScopulariopsisについての研究等を通じて明らかにされてきたが,自然界におけるこれらヒ素カビ類の分布・生態等については,これらヒ素カビ類が環境中でのヒ素の挙動において重要な役割を果たしていることが予想されるにもかかわらず,これまであまり明らかにされていない。

 Iの論文はこのようなヒ素汚染の土壌生態系,特に土壌微生物相への影響を野外のほ場で調査し,明らかにしたものである。これまで,重金属などで汚染された土壌では,これらに耐性を持つ微生物が優占してくる事例がいくつも報告されているが,ヒ素汚染土壌では水田と畑ではその影響の表れかたに差が見られた。すなわち,ヒ素で汚染された水田ではヒ素化合物の内でも比較的毒性の強い亜ヒ酸に耐性を持つ糸状菌類が優占してきたのに対し,同程度に汚染された畑ではこのような亜ヒ酸耐性糸状菌の優占は認められなかった。また,ヒ素汚染水田土壌で優占した糸状菌類は,ヒ素汚染畑地土壌および非汚染土壌では見いだされない菌類であり,このような特異的な菌類の優占により,単純な糸状菌相となっていた。このように,亜ヒ酸耐性糸状菌の優占がヒ素汚染水田土壌においてのみ認められたことは,水田土壌では微生物活動の活発な夏季に湛水状態下で還元が進み,ヒ素化合物はより毒性の強い亜ヒ酸となるため,高濃度の亜ヒ酸に耐性を持つ微生物が集積するのに対し,畑地ではこのような土壌の還元と亜ヒ酸の生成が起こらないために,亜ヒ酸耐性微生物が集積してこないためと考えられた。このことは土壌の人為的な管理によって土壌微生物に対する汚染の影響が異なることを示している。

 IIの論文では,ヒ素汚染土壌に集積してくるこれらの亜ヒ酸耐性糸状菌類の性質,特に亜ヒ酸からのアルシン生成能について,簡易検定法を用いて検討した。ヒ素汚染土壌から分離された亜ヒ酸耐性糸状菌には多くの種類が含まれていたが,このうちの半数以上の種類および株の糸状菌が亜ヒ酸からアルシン類を生成し得た。また,供試した亜ヒ酸耐性糸状菌のうち,Aspergillus属(コウジカビ類)では供試した株がすべてアルシン生成能を示したのに対し,Talaromyces属やPenicillium属(アオカビ類)の菌では亜ヒ酸からアルシンを生成する菌が見いだされない等,亜ヒ酸からアルシンを生成する菌には分類上で偏りがあることも見いだされた。

 これらの「ヒ素カビ」類の土壌中での生態には未解明の点が多いが,ヒ素化合物の土壌中での挙動とその環境影響を明らかにし,さらには,積極的に汚染対策,浄化を考える上でも,これらヒ素耐性微生物とその機能を明らかにすることは,重要であろう。

(ひろき みきや,生物圏環境部環境微生物研究室)