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湿地の変化を読む

論文紹介

野原 精一

1.“A study on annual changes in surface cover of floating-leaved plants in a lake using aerial photography” Seiichi Nohara : Vegetatio 97, 125-136 (1991)
2.“Annual changes of stands of Trapa natans L. in Takahamairi Bay of Lake Kasumigaura, Japan”Seiichi Nohara : Jpn. J. Limnol. 54, 59-68 (1993)

 今年の6月に釧路で行われたラムサール条約第5回締約国際会議を契機に湿地の重要性が再認識されている。条約締約国は,湿地の保全と賢明な利用を促進し,指定湿地の生態学的特徴の変化を把握するための措置をとらなければならない。さてその湿地の変化をどうやって捕らえることができるだろうか。一つの湖において植生調査は過去に1〜2回,国土地理院等の空中写真撮影は秋から冬の時期に5年に1度ほどある程度で植生の急激な変化を十分把握できない。そこで筆者は霞ヶ浦の水生植物を対象に野外調査と毎年夏にセスナ機から斜め空中写真を撮ることを1985年から始めた。

 1の論文は方法を中心にした「空中写真を使った湖の浮葉植物の植被年変化の研究」である。まず斜めの空中写真を引き伸ばし,デジタイザー(位置を入力する装置)から各植生をトレースし,斜影変換して基準の地図に重ねて植生図を作る簡易法を開発した。平面にある4点の座標が分かっていれば歪の少ない写真ならどんな拡大率の斜め写真も,個人撮影の空中写真さえもデータとして扱える利点がある。その方法を使って霞ヶ浦に生育する主な浮葉植物のハス,ヒシ,アサザの植被および群落変化を7年間にわたって空中写真から解析した。ハスの群落面積の減少は台風による水位増加が主な原因であった。現存量の変化や生活環の特徴から浮葉植物3種の環境変動に対する影響を比較し,植生の安定性はアサザ,ハス,ヒシの順に大きいことが明らかになった。

 次の2の論文は「霞ヶ浦高浜入りにおけるヒシ植生の年変動」である。霞ヶ浦高浜入に生育する浮葉植物のヒシの野外調査を1985年から1986年に行った。また空中写真を用いて18年間の植生の変化を調べた(図)。1985年8月に最大現存量340g乾重・m-2になったが,9月の台風による激しい風によってヒシ植生は崩壊した。1986年にはかく乱前に形成された種子と埋土種子によって植生は回復した。長い茎によってロゼットを維持できたため,1986年8月の1mの増水時には激しい流れの無い所の植生は減少しなかった。生活史の中で起こる台風による激しい風と流速は霞ヶ浦のヒシ植生にとって重要な因子であると考えられた。たびたび起こるかく乱でもヒシ植生が維持されるのは埋土種子と長い茎によると考えられた。1979年頃に行われた護岸工事によって多くの抽水植物が失われ,わずかに残った植生も周辺との関係が断たれ,その後徐々に失われコンクリートの岸だけになっていった様子も読み取れた。

 過去に始まる変化を知るには,空中写真等の方法でまずその湿地の歴史を読み取り人が何をしてきたか問う必要がある。空から見ただけでは十分には分からないので,さらに這いずり回って湿地を尋ねる野外調査や個々の種の生理生態学的実験は湿地の保全と賢明な利用に不可欠であると考えられる。

(のはら せいいち,生物圏環境部生態機構研究室)

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