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熱帯林と砂漠化の研究を開始して

論評

古川 昭雄

 1990年8月,まだプロジェクトが開始できるかどうかも分からない時に,森林減少・砂漠化研究チームの奥田君,自然環境研究センターの石井さんと私の3人でマレーシアに渡った。これが環境庁の地球環境研究総合推進費による熱帯林研究の始まりであった。何分にも外国の研究機関との共同研究を立ち上げるために交渉することは,我々のみならず研究所としても初めてのことであったので,非常に緊張したのを覚えている。しかし,この経験は,砂漠化の研究を立ち上げるためにインドで行った交渉の際に役立った。もっとも,インドでの交渉には4名が参加し,マレーシアの時のような心細さはなかったものの,極めて厳しい対応を迫られた。いずれの交渉でも,日本には熱帯林や砂漠がないのにどうして研究するのか,研究侵略ではないのかといった疑いのまなざしで見られたものである。それでも,研究が開始され,お互いの気心が知れ,何でも言える間柄になると,それまでの苦労が吹き飛んでしまい,嬉しいものである。最近は,マレーシアに行くと,必ず一度はパーティを開いて酒を飲んで騒いだり,ディスカッションをしたり口論をしたりと,結構楽しんで研究を行えるようになってきた。

 熱帯林の研究では,マレーシア半島部の熱帯林の中に観測タワーを立て,樹冠部の研究を開始している。観測タワーは3本の搭からなり,搭と搭の間を回廊で結んでいる。最初に熱帯林を見たとき,その熱帯樹の高さに圧倒された。鳥のさえずりが聞こえ巨大木の葉の影は見えるものの,葉が繁ったり花が咲いている場所を見ることも手に触れることもできない苛立たしさを覚えた。落葉や林床に成育している稚樹だけを研究材料とするのでは,なぜ熱帯林で研究をするのかという必然性が思い浮かばず,どうしても樹冠部に到達したいと思った。タワーは昨年の4月に完成し,御披露目をマレーシアの森林研究所が州知事までも呼んで盛大に行い,翌日の新聞に写真入りで載った。

 タワーの上から眺める熱帯林の樹冠部は素晴らしく,直ぐそばで野生の猿や鳥の姿を見,観測搭の回廊に寝そべって空を眺めるのは実に気持ちの良いものである。しかし,夕方近くになると,スコールが襲ってくる。スコールが来る前には一陣の風が吹き,そろそろ来るぞという予告めいたものがある。ある時,タワーの上で光合成の測定をしていた。風が吹き始めたので測定を止めようと思いつつも,まだ大丈夫だろうと継続していたら突然降り出し,びしょぬれになってしまい,写してバッグに入れておいたフィルム1本を駄目にしてしまったこともある。

 インドでの砂漠化の研究はまだ緒についたばかりで,これから人間関係を作って行かなければならない。それでも2度の訪問とインドからの3名の招へいで,最初に行ったときの大変さはなくなってきた。しかし,インド側からの要求は多く,各々の要求に対して単に断るだけでは駄目で,一つ一つ理由をつけて反論しなければならない。日本語で反論するのでも大変なのに,下手な英語でするのは大変で,先日も招へいしたインドの研究者を相手に半日を潰してしまった。最後は相手が根負けして要求をすべて引っ込めてくれたが,要求が全然通らなくてもさほど失望した風でもなく,1ヵ月の滞在を楽しんで帰国してくれた。次回,インドに行ったとき,またどのような新しい要求を出してくるのかを考えると少々気が重くなるが。

 これまでの2ヵ国との共同研究を通して考えたことは,外国との共同研究は,立ち上げるときの苦労や日本人の常識が通用しないこと等,様々な問題があるが,それでも色々な人々と知合いになれるのは素晴らしいことだと思う。とりわけマレーシアには欧米諸国から研究者が来るばかりではなく,マレー,インド,中国系からなる複合社会が形成されている。そのため,マレーシアに居るだけで人種のるつぼの世界に足を踏み入れたようになってくる。それゆえ,地球環境研究を絶好の機会と捉え,諸外国の研究者と交流を深めて日本,いや世界の環境問題に立ち向かうべきではないだろうか。

(ふるかわ あきお,生物圏環境部上席研究官)