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自然生態系保全のために

巻頭言

副所長 鈴木 継美

 “生態系の健康”という言葉が用いられている。例えばUNEPによってまとめられた“世界の環境,1972−1992”の中で,“持続可能性(Sustainability)”の一般的指標の一つとして,“自然生態系の健康状態”が挙げられている。この言葉には注釈がついており,一次生産性,栄養素リサイクリングの効率,種の多様性,構成個体群の盛衰,病害虫の流行,等,が列挙されている。ところで,これらのパラメータによって測定されるものは持続可能性の指標としては意味があるかもしれないが,それによって生態系の健康を論じてよいかどうか,大いに疑問である。生態系を擬人化するのであればその生成から死滅までを語ることができなければならない。しかし,生態系とはそのようなコンテキストで語られるものとは思えない。健康ではなく変容という言葉の方が適当なのではあるまいか。この点について,動植物の生態学研究者だけでなく,環境研究に従事する多くの分野の研究者の意見を聞きたいものである。

 ところで自然生態系という言葉に関連して,別のさらにもっと本質的な疑問もある。それは現在の地球においていかなる生態系を取り上げても手つかずの自然生態系とはいえないのではないかという疑問である。この疑問を正当化するのは近年明らかとなった地球環境の変化であるが,ごく常識的に考えても,特定の小規模な生態系はその周辺さらにはより広域の生態系の一部として人間活動の影響を受けていることは明白である。過去に存在したはずの自然生態系を現在の情報から復元することは極めて困難である。もしどうしても手つかずの自然生態系が欲しいのだとしたら,我々にできることは経時的観察によって人間活動による影響を評価し,対策を立ててより自然に近いだろうと思われる方向へ誘導することである。しかし,我々が今必要としているのは“幻の”自然生態系ではなく,人類の生存を可能にするための“自然”生態系であり,従ってそれを評価するためにどうしたらよいかが研究されなければならないのである。

(すずき つぐよし)