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光化学スモッグ,そして地球環境 − 公害研・環境研での18年 −

論評

前地球環境研究グループ統括研究官 秋元 肇

 これまで18年間余りお世話になった国立環境研究所にいよいよ別れを告げることになった3月の末,私は研究所のキャンパス内をあちこち歩き回りながら感慨にふけっていた。私の研究者人生を環境研究に方向づけた原体験が,南カリフォルニア・リバサイドでの光化学スモッグ体験だったこと。今から20年以上も前のこと,当時博士研究員としてカリフォルニア大学のピッツ教授の研究室で光化学を学ぶつもりで留学した私は,生活者としても研究者としても光化学スモッグの洗礼を受けるはめになった。ロサンゼルスの東約100kmにある人口15万人ほどのこの町では,連日午後3時過ぎになると町全体が真っ白いスモッグに覆われ,目がしくしく痛み,息苦しく,疲労感に襲われる。一方研究室のテーマも光化学スモッグに直結した大気反応研究であり,air pollutionという単語から英和辞書を引かなければならなかった私には,多分に違和感が感じられた。大気汚染の植物影響,人体影響,環境基準,こうしたテーマでのセミナーに出席することに違和感を感じなくなるまでには,帰国後の時間を含めて数年の時間が必要だった。

 国立公害研究所が設立され,ここに職を得ることができたのは帰国後しばらく経った,ちょうどそんな時期であった。スモッグチャンバーを建設するチャンスを与えられ,チャンバーによる反応メカニズム研究と,より基礎的な物理化学的アプローチとで,光化学スモッグ研究をサイエンスの土俵に乗せることに自分なりに努力したつもりである。そうした研究成果が,環境庁にとっても窒素酸化物,炭化水素の規制のための理論的根拠として利用価値が高かった一つの密月時代でもあった。

 公害研での大気環境研究が最も苦しくなったのは1980年代の中頃である。大気汚染研究が大気中の物理・化学過程の研究分野として新しいテーマを提供してくれたのは,二酸化硫黄,窒素酸化物,炭化水素,オキシダント,浮遊粒子状物質などが大気中で増え続け,数々の問題を引き起こしていたからであり,そこにそれまで見向きもされなかった未知なるものが見いだされたからである。しかしそれらの大気中濃度が減少し問題が沈静化してくれば社会的関心は薄れ,研究が行き詰まるのは環境研究の宿命である。

 それでは今大気中で増え続けているものは何か,二酸化炭素であり,メタン,亜酸化窒素,フロンである。したがって,これらによって引き起こされる地球規模大気環境問題が次なる大きな研究テーマになるはずであるという比較的単純な考えから,私自身がこれに新しい方向を見いだそうと暗中模索していたのはその頃のことである。地球環境問題が国際的に大きく取り上げられた1988年トロント会議に先立つこと2年ほど前のことだったろうか。

 地球環境問題は当初私の頭の中にあった個別的大気環境問題の枠をはるかに超えて,熱帯林減少,砂漠化などを包括したグローバル・チェンジという形で問題が整理された。しかもこの問題を突き詰めていくと,人類の文明の価値観にまで行き着くことがはっきりし,人間の生き方に関わる新しい知のパラダイムを提供するに至っている。いまや地球環境問題は自然科学のディシプリンの中だけでなく,自然科学と社会科学,人文科学との接点を包括する問題としてその豊饒性が見えてきている。自然科学分野だけを考えても,物質循環の生物地球化学的研究は研究テーマの宝庫である。こうした時代を私自身は研究者としての半生を終えたところで迎えたわけであるが,これからの若い研究者が今後どういう道に自分自身を導いていくか楽しみである。

 東京・駒場にある先端研の緑したたる美しいキャンパスは,私にはまだよそよそしい。研究者としての私を育てはぐくんでくれた環境研の皆さんに深く感謝しつつ,与えられた新しいチャンスに,大気化学からの地球環境研究にもうひと頑張りしようと思う。

(あきもと はじめ,現在:東京大学先端科学技術研究センター教授)

特別講演会にて(平成5年25日)