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健康影響評価研究に思うこと

論評

環境健康部長 三浦 卓

 人類は,およそ1万年前に自然生態系の制約から脱却し,地球上ほとんどすべての地域に生育場所を拡大した。これを可能にしたのは,大きな適応能を付与され,新たな技術を開発する能力を身に付けたことにあると言われている。今日の環境問題の根源はここにあるように思われる。200年程前からはじまった科学技術の新たな進歩の波は,DDTを始めとする新しい人工化学物質を生み出し,公衆衛生上の問題を解決し農業生産を飛躍的させるものと期待された。結果は,自然生態系の破壊をもたらした。今日,環境負荷の影響について人と自然生態系への影響を同一の次元で評価しようという主張もなされている。この流れも,人類は自然生態系の基本原理を尊重しようという反省からきているのであろう。しかし,その視点は,人類が健康で快適な生活をしたいという欲求にもとづくもので,あくまでも中心は人類の健全な生存である。このために,科学技術の持つ二面性に充分留意しつつ有効に利用していく必要がある。

 健康影響評価研究は,局所的な住民の健康の維持から地球規模の環境変動による影響の予測に至るまで幅広い分野を包含している。現在,われわれが科学技術の急速な進歩に伴い新たな展開を求められている問題には少なくとも二つの側面があると思う。

 第一には,健康影響を予測し悪影響を予防するために定量的な評価を行える技術を確立することが必要である。一つの例として,リスクアセスメントの方法論がある。現在,多媒体からの多種類の化学物質について総体として影響評価を行い,化学物質の総合的な管理を行うことが国際的に要請されている。国際的に統一された共通の言語として影響の定量的予測が可能なリクスアセスメントを使用し各国が協力分担し健康や自然生態系への悪影響を予防しようとするものである。この方法は,地域から地球規模にいたるまで環境変動の影響評価に適用可能と予想できる。地球温暖化や成層圏オゾン層の破壊による健康影響評価は,予測に頼らざるを得ない。一方,リクスアセスメントは,現状では不確定性が大きく,不確定要因を解明するための多方面からの基礎研究が必要である。

 定量的評価は,公害型の疾病についても要求される。数十年にわたる研究にもかかわらず,環境汚染と公害型疾病との関連について定量的な評価はほとんど行われていない。わが国の大気汚染についてみても,NOxや粒子状物質と気管支ぜん息などの呼吸器疾患との関連について定量的評価を行い,汚染を削減する施策を立てるための科学的根拠を提供することは急務である。
 
 第二の側面は,急速に進歩して来た科学技術,特に分子生物学の発展に呼応した研究の展開である。分子遺伝学的技術を応用した遺伝子治療など既に実用の域に達しているものもあるが,環境負荷の健康影響研究への展開はまだ緒についたばかりである。現在,ヒトなどほ乳動物の培養細胞を用いて化学物質の毒性を評価する系の構築が,国際的なネットワークの下に進められている。この方法は,化学物質の混合物としての毒性評価にも有効であると予想される。

 最近,「分子毒性学」という新たな学問分野が展開され始めている。分子遺伝学的技術を導入し遺伝子の発現の仕方により化学物質の毒性を評価する試みや,異種遺伝子を導入した動物により毒性を効率よく検出しようという試みも始められている。

 このように健康影響評価研究の分野で新たに展開すべき課題も多い。これらの課題に大きな夢を抱き質の高い成果が得られるよう積極的に推進したい。

(みうら たかし)