ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

大気中ガス状有機物質のための高感度測定法の開発

経常研究の紹介

横内 陽子

 大気中には極低濃度で存在しているにもかかわらず、地球規模あるいはローカルな大気環境に重大な影響を及ぼしている有機物質が多数存在する。例えば、オゾン層を破壊するフロン類、雲凝結核を供給するジメチルスルフィドや光化学スモッグの原因となる炭化水素類等々である。これら大気中有機物質の多くはppb(10-9)あるいはppt(10-12)レベルで存在する。反応性化合物の場合は時間的な濃度変動も大きいため、それらの分析には高感度、高精度と共に高頻度であることが要求される。さらに、化合物に対する選択性が高く、かつ多くの化合物を対象とする汎用性も重要な条件である。以上のような条件を最大限に満足するため、吸着濃縮とキャピラリーガスクロマトグラフ/質量分析計(GC/MS)の組み合わせを基本とする連続自動分析システム(図1)の開発を行った。本システムは大気数百mlを吸着トラップに濃縮してその加熱脱着成分をキャピラリーカラムに導入して分離後、質量分析計によって目的成分に特異的なイオンをモニターするもので、カラム条件とモニターイオンの選択により多数のガス状有機物質に対してpptレベルの分析が可能となる(例えばポラプロットQカラムを用いた場合、沸点が概ね30〜160℃の範囲にある任意の低極性有機物質20成分程度の同時分析が可能)。また、毎分析後のトラップの空焼きや定期的な標準ガス分析機能も付加されており、30分〜1時間ごとの連続自動分析が行える。この方法を用いて北極の大気分析を行った結果の一部を次に紹介する。

 北極域では春になると対流圏オゾンホールとも呼べるような地表オゾンの劇的な減少が毎年観測されているが、この時期の大気中有機物質の動態についてはほとんど知見がない。そこで、アラート(北緯82゜30'、西経62゜18')の大気観測ラボに本システムを設置して、大気中有機塩素化合物、有機臭素化合物、炭化水素等のGC/MSによる連続測定を実施した*。その結果、いくつかの有機物質がオゾン濃度と正または負の相関をもって変動することが分かった。図2はこのときのトリクロロエチレン(溶剤として広く用いられている塩素系化合物の一種)の濃度をオゾンと共にプロットしたものであるが、非常に短時間の変化も含めてオゾンの変動によく対応していることが分かる。これらのデータを総合的に検討した結果、トリクロロエチレンの大気化学反応が極域の特殊な気象条件と相まってこの時期の対流圏オゾン破壊に一役買っている可能性のあることが分かった。

 このように自動濃縮−キャピラリーGC/MSをフィールド研究のために実用化することができた。しかし、まだまだ、重量や設置の煩雑さ等の制約が大きいため、現在、装置の小型化、軽量化に取り組んでいる。

(よこうち ようこ、地球環境研究グループ温暖化現象解明研究チーム)

*本調査は科学技術庁振興調整費「北極域における気圏・水圏・生物圏の変動及びそれらの相互作用に関する国際共同研究」の一環として、カナダAESを中心とする“Polar Sunrise Experiment 1992”に参加して実施したものである。

図1  大気中ガス状有機物質測定のための自動濃縮−キャピラリーGC/MSシステム
図2  春季の北極域(アラート)における大気中トリクロロエチレンの変動