ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

湖沼環境指標の開発と新たな湖沼環境問題の解明に関する研究

プロジェクト研究の紹介

福島 武彦

 湖沼は飲料水や農業用水の水源であるばかりではなく、漁業の場であり、渡り鳥が羽を休め、人々が自然と親しむ場でもある。このため、湖沼環境を国民共通の資産となるよう良好なものとして維持保全してゆかねばならない。しかし現状では、環境基準の達成率は依然として40%前後と低く、多くの湖沼でアオコや淡水赤潮の発生が報告されている。

 近年、都市近郊では住宅開発、周辺域ではリゾート開発、過疎化、水田の減反などにより、湖沼流域の変化は激しい。併せて、水処理形態、製品の組成、ライフスタイルの変化により、負荷量のみならず、その構成も大きく変わってきている。湖沼は流域を映す鏡でもあるので、そうした変化から、藻類を始めとして生態系の構成も変わりつつある。例えば、琵琶湖北湖のような中栄養湖では2マイクロメートルより小さい植物プランクトン(ピコプランクトン)が異常発生し、並行してアユの大量へい死が観察された。また、富栄養湖の霞ヶ浦ではアオコの内容が変化し、漁獲量の減少、異常味の発生も起きている。さらに、人工護岸化によるヨシやヒシといった水草帯の消失、ブラックバスのような外来魚による生態系の撹乱など、多くの問題が指摘されている。

 本年度から始まった特別研究「湖沼環境指標の開発と新たな湖沼環境問題の解明に関する研究」では、こうした流域、湖沼での環境変化を適切に表現し、それらの管理に有効な指標を開発するとともに、ピコプランクトンの大量発生やアオコ内容の変化など、従来の知見では説明されない生態系の変化を解明することが目標である。

 まず、新たに開発をめざす指標としては、1)水質特に有機物に関するもの、2)生態系の状態を表すもの、3)流域における水の状態を表すもの、を対象に考えている。

 1)は従来、CODによって評価されてきた。しかし、河川水はBODで評価されていること、精度などの観点から、炭素量そのものをモニターした方がよいケースも増えている。その場合、生物分解性をどんな方法で測定するか等が問題であり、検討しなければならない。さらにここでは、特に不明な点の多かった溶存態有機物ついてその内容、動態を調べるとともに、起源、生物分解性などの観点からその内容を分画することを計画している。

 次に2)は、生態系の健全さを評価するために、その構造や安定性の指標化を試みる。まず、いままで情報の乏しかったピコプランクトンについては、どのような湖沼の、どんな時期に、どんな種類が多いのかを明らかにして、次にそれらの生理学的特性や毒性を調べる。既に全国約50の湖沼を対象とした予備調査から、野尻湖のような栄養段階が中レベルの湖沼において、全植物プランンクトンに占める比率も高く、物質循環への寄与も大きいことが分かってきている。また、湖沼生態系の中で中間的位置を占める植物プランクトン食者(動物プランクトンなど)の情報をもとに、構造の特徴を表す指標を作成する。さらに、水辺環境や湖沼に飛来する鳥類に関する情報、漁獲量と生態系構造との関係も整理できれば、湖沼生態系の全体像をほぼ表現しうるものになるであろう。

 3)では、森林域から流出する水質がその流域水質のバックグラウンドとなるので、その地域性を明らかにする。また、水の再利用回数など水利用の特徴を表現するものの作成も目標としている。

 こうした指標の作成と同時に、1)、2)、3)相互の関係を調べ、新たな湖沼環境問題の原因を探ることも重要な課題である。1)から2)への影響としては、湖水中の窒素/リン比の優占植物プランクトン種への影響、微量な有機物成分による植物プランクトンの増殖促進あるいは阻害作用、逆に2)から1) へは生態系構造を示す指標と水質変動の激しさ(不安定性)との関係がある。また3)から1)へは水利用指標と水質特に溶存有機物との関係、3)から2)へはバックグラウンド水質の生物生産への影響、など興味多いテーマが尽きない。

 以上のような研究は、霞ヶ浦、湯の湖、洞爺湖、野尻湖等の現地調査をもとに進める計画であるが、同時に臨湖実験施設にある実験池(約40m3の池6つ)も有効な道具として用いることを予定している。これらの池では前特別研究(「環境容量から見た水域の機能評価と新管理手法に関する研究」)のときから、アオコの発生に関するノウハウが蓄積されていて、また水質連続モニターの整備もされているので、1)と2)のテーマ、特に植物プランクトン種の遷移に関して外的操作を加えた実験が可能な状況になっている。

 また、同じく前特別研究のときから、流域の負荷発生源、水質情報の管理のためのシステムの構築を行ってきたが、さらにそれらに地理情報システムの機能や湖沼生態系モデルを付加して、システムの充実を図ることも目標である。すなわち、こうした実験池やモデルは湖沼研究を行う基礎技術であり、それらを洗練させてゆくことが新たなる知見の獲得のための必須条件となると考えている。

(ふくしま たけひこ、地域環境研究グループ湖沼保全研究チーム総合研究官)