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梅津 豊司

 行動科学という学問体系がある。源を心理学に求めることができ、Watsonの提唱した行動主義に始まると聞いている。つまり心の有り様を考える際、手前勝手な思弁を排斥し、行動の客観的な記述に基づいて心の持つ性質を議論しようというのである。今日ではこの考え方は、心理学以外の様々な分野に及んでいる。

 人の心の状態を少なからず変える薬物群(向精神薬)が存在し、その作用を向精神作用という。向精神作用の研究は、人で実験するには多くの制約があるため、動物実験に頼らざるを得ない部分がある。動物に精神があるかどうかは知るよしもないが、動物実験で向精神作用を検討するのに、実は行動科学の考え方と方法をよく用いる。このようなアプローチは、向精神薬以外の化学物質の生体影響の研究にも適用可能である。私は、現在、オゾン(O3)と二酸化窒素(NO2)の生体影響について、行動科学的側面からのアプローチを試みている。

 これまでの研究によると、O3やNO2に暴露すると、ねずみの飲水行動と摂食行動は著明に抑制される(図)。このとき、ねずみの動作は目立って鈍くなり、毛づやが悪い。飲水及び摂食行動の抑制の程度はO3やNO2の濃度に依存するので、この効果はそれらの毒性に由来すると推定される。しかし、面白いことに、この変化はO3やNO2を連続して暴露していてもやがて回復する(図)。つまりO3やNO2が効かなくなるのである。この説明として、O3やNO2に対する防御機構の存在を想定している。NO2を経験したねずみにO3は効かないので、O3に対する防御機構とNO2に対するそれは共通した部分を有するようである。したがって行動への影響発現の機序もO3とNO2で似ていると想像される。

 行動には数多くの心理ドラマが秘められており、それを想像するのは、下手な小説を読むよりも面白い。O3やNO2を吸入すると人は胸部に不快感を覚え、のどに刺激感を感じ、また頭痛が生じるそうである。さらに重篤な場合には、手足の脱力感、精神の集中と思考の困難感を覚え食欲が低下したそうである。ではO3やNO2に暴露されたねずみ達は、一体何を感じ、何を考えているのだろうか。ねずみの行動変化を手掛かりにして、これを具体的に明らかにしようというのが私の研究テーマである。

(うめづ とよし、地域環境研究グループ化学物質健康リスク評価研究チーム)

図  オゾン暴露(0.2ppm)によるマウスの飲水活性の変化