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国立環境研究所における海洋研究

プロジェクト研究の紹介

渡辺 正孝

 地球上に存在する水の約97%は海水である。そして海洋は大気圏に比べて270倍の質量と1,100倍の熱容量を持つ巨大な空間である。太陽エネルギーは主に海洋が吸収し、気化熱や赤外線放射に形を変えて大気圏に与えている。さらに海洋は各種物質を大量に溶かす能力を持っている。例えば二酸化炭素の量は大気中に1、海洋中に約60の割合で分布している。太平洋で淡水と熱の供給を受けた表層海水は、大西洋極地付近で熱と淡水を失い、重くなって沈み込み深層循環水となる。このコンベイヤーベルトをぐるっと1回循環するのに約1,000年を要すると考えられている。このように海洋は膨大な容量と時間スケールを持つので、海洋の表層を通して出入りする二酸化炭素量や熱量の変動が海洋にとってわずかなものであっても、大気圏にとっては大きな影響を与えることになり、結果的に地球環境全体に大きな変化をもたらすことになる。また近年、人間活動により海洋にもたらされる諸物質は増大しているので、海洋での物質循環及び海洋生態系に何らかの変化が徐々に起こり、将来その影響が顕在化してくる危険性を持っている。そして海洋の汚染現象は、海洋の問題にとどまらず、地球温暖化現象やイオウ循環・酸性雨問題(ジメチルサルファイド生成を通じて)とも深くかかわっている。このように地球規模の環境問題を取り扱う場合、海洋の役割は非常に大きい。環境庁総合研究推進会議の中の分野別検討会においては、「海洋汚染」という検討会名が用いられている。しかし地球環境に果たす海洋の役割の重要性から、検討会では単に汚染現象のみににとどまらず、「人間活動の海洋環境への影響と地球環境」までも含めて問題を取り扱うべきであるとの結論に到達した。

 このような状況を踏まえて、当研究チームでは以下のテーマを主な研究課題として研究をスタートした。なおこれらの研究は環境庁地球環境研究総合推進費のもとに行われている。

(1)大陸棚海域循環過程における沿岸—外洋の物質循環フラックスに関する研究

 地球規模海洋に負荷された多種の物質に対するその応答を把握するためには、物質フラックスを見積もることが重要である。制御実験生態系や海域隔離実験生態系を用いた実験、及び海洋の連続観測により海洋生態系における各種物質のフラックスを生み出す機構を解明する。さらに沿岸域での物理的輸送過程を表現できる流動モデルを開発するとともに、海洋生態系のモデル化を行い、海洋における物質循環の変動を予測する。

 長期にわたる物質循環の変動は最終的には堆積物中に記録されている。南極海堆積物中の有機物組成、微量金属元素の含量及び各種微化石の分析と堆積物の年代測定を行い、過去の海洋における生物生産量を推定するとともに、堆積物への物質フラックスの長期変動を明らかにする。特に南極大陸の氷床コアの分析から報告されている過去の大気中二酸化炭素濃度の変化と堆積物中の微量金属量(特に鉄)の変化との関連を明らかにする。

(2)海洋汚染物質の海洋生態系への取り込みと生物濃縮並びに物質循環に関する研究

 海洋にもたらされた微量金属類や有害化学物質は一次生産者に摂取され、捕食を通じて高次捕食者へと取り込まれていく。回遊性を持たず、局所的海域の環境を反映する動物プランクトンの種レベルでの微量金属と有害化学物質の含有量を精度良く分析する手法を開発する。さらに日本近海において同一種プランクトンに含まれる汚染物質の含有量を海域間で比較し、汚染物質の生態系への取り込み経路と濃縮の機構について明らかにする。

(3)衛星可視域データのグローバルマッピングによる広域環境変動に関する研究

 海洋は広大かつ様々な時間・空間スケールの変動成分を含んでいるため、海洋環境変動の把握には人工衛星の面的情報を使うことが不可欠である。そこで、海面からの可視光情報により、植物プランクトンのクロロフィルを計測する。さらに衛星により得られた情報から、人為起源及びバックグラウンド起源の海洋環境変動を抽出するために、生物・化学過程のモデリング、衛星データの処理手法の開発のほか、定期航路のフェリーに連続して海水をサンプリングする装置を設置し、海洋環境データ(水温、塩分、pH、クロロフィルa量、栄養塩濃度など)を測定する。

 以上の3課題のほかに、温暖化現象解明研究の一部として「海洋プランクトンによる炭酸ガス固定能力に関する研究」がある。地球を模擬した大型培養槽の大気部分に13CO2を導入し、植物プランクトン増殖に伴う大気—海洋間のCO2移動過程、海水中での炭素動態、プランクトンによる炭素固定とその動態を明らかにする。

 これら海洋研究の根底にある概念は、地球環境の恒常性を保っている最大の要因が、海洋の持つ膨大な容量(熱容量も含む)と海洋生態系を通しての物質循環であることである。特に後者に対して人間活動の影響が増大しており、この結果として地球環境の恒常性が大きく脅かされている。本プロジェクト推進のために国立環境研究所内外の関連研究者の皆様のご協力をお願いする次第である。

(わたなべ まさたか、地球環境研究グループ海洋研究チーム総合研究官)