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2020年3月27日

市民と対話する環境問題

Interview研究者に聞く

研究者の写真:多田 満
多田 満(ただ みつる)
生物・生態系環境研究センター 主任研究員
社会対話・協働推進オフィス メンバー

 2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、科学者が市民との対話や交流を積極的に行うことがこれまで以上に求められるようになりました。生物・生態系環境研究センター 主任研究員の多田満さんは、環境問題の解決に向けて、これまで行われてきた科学コミュニケーションとは異なる対話を重視した方法を考案し、「環境カフェ」として実践しています。「環境カフェ」の目的は、専門的な知識を市民に理解してもらうとと もに、科学者も含めて相互に共感を得ることです。国内や海外で「環境カフェ」を開催し、活動の輪が広がっています。

科学者は社会でどうあるべきか

Q:これまでどんな研究をしてきたのですか。

多田:奥日光で野外調査をしてカゲロウやトビゲラなど水生昆虫の生態を調べたり、霞ケ浦周辺の川で残留農薬の生態影響を調べたりしていました。また、内分泌かく乱化学物質の生態リスクなども調べました。このような研究を通して、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962年)を知って、ネイチャーライティングと呼ばれる文学の研究を始めるようになりました。

Q:ネイチャーライティングとはどんな文学ですか。

多田:自然環境をめぐるノンフィクション文学です。なかでもアメリカの生物学者カーソンは、『沈黙の春』で初めて農薬による生態系へのリスクをとりあげて、世界中から注目されたことでよく知られています。

 そしていまでは、カーソンが取り上げた環境問題の解決に向けた市民との対話(社会対話)の実践を行っています。

Q:なぜ研究の方向を大きく変えたのですか。

多田:文学の研究を通して新たな研究者コミュニティに接し、自然環境に対する視点がだいぶ異なることに気が付きました。さらに、東日本大震災後の2013年には、日本学術会議の声明「科学者の行動規範」が改定され、私たち自然科学の研究者と社会のかかわりの重大さに気づきました。この声明では、科学者や研究者の社会への発信と対話が重視されています。科学的知見は科学者など専門家にとどまらず、市民も適切に理解することが必要で、そのためには、専門家と市民の対話が不可欠なのです。私自身も、専門家が社会の中でどうすべきかを考えるようになり、市民との社会対話を目的とした「環境カフェ」を開催するようになりました。

社会対話の実践として

Q:「環境カフェ」とはどんなものですか。

多田:「環境カフェ」は、科学者と市民の社会対話の実践の場です。身近な環境や環境問題をテーマに対話します。高校生や大学生も参加する、専門や職業の枠を超えた社会コミュニケーションです。環境といっても自然だけでなく、人々の社会や文化までも含みます。身近な室内から宇宙まで幅広い分野を扱います。専門的な知識を理解してもらうだけでなく、科学者と市民がお互いに共感を得ることを目的としています。

Q:対話は会話や議論とは違うのですか。

会話と対話と議論の比較の図

多田:対話は対等な人間関係のもとでお互いにたずねあう話し方です。会話では、主題もなくお互いの関係を築くだけですが、対話では何度も論点を往復しているうちに新しい視野が開け、新しい何かが生まれることが期待されます(表1)。また、議論は結論を出し、お互いに合意することが目的ですが、対話では結論は求めません。

Q:共感を得るとはどんなことでしょうか。

多田:「環境カフェ」では、参加者はテーマをもとに、感じたことや考えたことなどお互いの経験を公平にたずねあいます。さらに、生命と自然、社会や経済の関わりをお互いに理解し、さらに「人間であること」や「いかに生きていくか」を一緒に考えます。その結果、問題意識や価値観を共有できるようになるのです。この場合の共有とは、自分のこととして捉えるという「認知的共感」です。人は理解するだけではなかなか行動できませんが、共感することで初めて行動することができるのです。

Q:科学者と市民のコミュニケーションの方法には講演会やサイエンスカフェなどがありますが、それらとはどこが違うのでしょうか。

多田:講演会は科学者などの専門家が知識を伝える一方向型のコミュニケーションです。サイエンスカフェは、科学者が市民と直接対話をして、双方向のコミュニケーションを行うものです。情報交換という手段によって、共通の認識をもち、意思を疎通することが目的です。「環境カフェ」も双方向のコミュニケーションですが、もっと少人数で対等な人間関係のもとで科学者と市民だけでなく、市民どうしでも対話します(図3)。お互いの認識や理解を深め、「共感の場」(コラム2)になるところがサイエンスカフェとは違います。また、共感によって環境問題に対する何らかの自主的な行動を促すことができます。

科学者と市民の関係の図
図3 講演会とサイエンスカフェ、「環境カフェ」の科学者と市民の関係

「環境カフェ」の実践

Q:「環境カフェ」はどのような手順で行うのですか。

多田:「問いかけ」、「回答」、「対話」の順で行います。まず参加者はあるテーマに関する「問いかけ」に対して、興味や関心のあることやそのイメージなどを回答します。その際に付箋紙を使い、その単語やキーワードを記入してもらいます。それを「自然」や「社会」、「生命」などの類型に分け、ベン図をもとに付箋紙を整理します(コラム1、図1)。そして、対話では、付箋紙をもとにお互いに自分の経験をたずねあいます。この一連の過程において、お互いの価値観を共有します。この後、必要に応じてテーマに関連する専門的な話題を提供します。また、アンケートを行い、理解と共感の度合いや感想などを書いてもらいます。

Q:どんなテーマを扱うのですか。

多田:環境問題や自然との共生、生物多様性、SDGsなど、また、カーソンの『沈黙の春』など文学作品を取り上げることもあります(コラム3、表2)。

Q:これまでに(2019年11月時点)開催した回数はどれくらいですか。

多田:2015年4月からこれまで東京やつくばなど全国各地で80回以上開催してきました。参加人数は延べ400人以上になります。

Q:たくさんの回数を続けているのですね。最初から人は集まりましたか。

多田:集まりませんでしたね。1~2人でやったこともあります。SNSなどを活用して、徐々に人が集まるようになりました。リピーターもいれば、友人を連れてくる人もいて、いまでは、平均5~6人は集まるようになりました。

Q:続けるために工夫していることはありますか。

多田:各回の参加者の構成を考慮して、同じテーマでも提供する話題の内容を変えています。参加者は、社会人や高校生、大学生などですが、学生が多い場合は、開催前に飲食しながら自由な会話の場を設けるなど対話しやすい雰囲気づくりを心がけています。また、人数が多いと各人の対話する時間が少なくなるので、10人以上のときはグループに分けて、時間をずらすなどしています。講演会やサイエンスカフェと違って、少人数で場所を気にせず気軽に開催できるのがいいところです。

Q:印象に残っているのはどんなカフェですか。

多田:2015年10月に、静岡県にある下田臨海実験センターで筑波大学大学院生の戸祭森彦さんと2人で「第1回環境カフェ下田」を行いました。私はカーソンの『海辺』(1955年)について、戸祭さんはフィールド調査による海辺の生物について、文学と生態学という2つの視点で問いかけました。地元の高校生も集まってくれて、文学と生態学のどちらにもみられる「共生」について、理解を深めることができました。

広がる活動の場

Q:「環境カフェ」を実践して手ごたえを感じていますか。

多田:継続してこれたことですね。継続してやってきたおかげで、いろいろなことがわかってきました。たとえば、毎回、開催後に理解や共感について参加者のアンケートをしています。東京大学本郷キャンパスで5回開催した際のアンケートでは、理解度や共感の度合いは社会人や大学生より、高校生のほうが高いという結果(図5)が出たのです。このような結果は環境教育の専門学会で発表しています。

Q:高校生のほうが共感を得られやすかったのですね。

多田:理由はわかりませんが、実際に参加した高校生の田中迅さんが九州大学に進学後に、九大環境コミュニケーションサークルを立ち上げて活発に活動しています。自分たちで「環境カフェ」を開催し、政策提言もしています。さらに大学の講義や高校と中学での出前授業に広げています。また、東京大学の鈴嶋克太さんや筑波大学の謝承諭さんなどカフェに参加した大学生も、海外に留学しKankyo Caféを実践してくれています。

「第1回環境カフェ下田」の開催風景写真
写真1 「第1回環境カフェ下田」の開催

Q:海外へも活動の輪が広がっていますね。

多田:アメリカでは、ケンタッキー州の自然保護区のビジターセンターでビジターを対象にしたKankyo Caféも計画中です。2019年11月に行われた第21回日中韓環境大臣会合の「ユースフォーラム」でも、政策提言に向けて「環境カフェ」の手法(環境対話)が有効な手段として報告されました(田中さん)。国内だけでなく、海外でも「環境カフェ」が行われています。徐々にですが、確実に活動が広がっていることを感じます。

Q:海外の人と日本人では、違いがありますか。

多田:ありますね。アメリカ(鈴嶋さん)でやったときは、みな積極的に発言するので対話が広がります。ただ、対話が広がりすぎることもあるので方向付けが必要です。一方、日本では対話に慣れていない人が多いので、話しやすくなるような雰囲気作りが大切です。筑波大学で開催したときは、中国(謝さん)やアメリカ、インド、マレーシアなどさまざまな国の留学生が参加してくれました。海外の学生とやると、それぞれの国による意識の違いが対話に反映されますが、最後にはお互い環境問題に対する認識を深めて理解し、共感を得ることができました。

Q:今後はどのように進めたいですか。

多田:2018年から「環境とSDGs(持続可能な開発目標)のかかわり」をテーマの1つに取りあげています。今後はさらに、世界レベルのSDGsの取り組みにかかわりたいですね。そのため、国連NGOの国際学生会議所における活動(田中さん)を通じて政策提言を行っていくことを計画しています。

 また、社会対話のための科学コミュニケーションツールとして「論文詩」(コラム4)を提案しています。これは科学論文を詩として表現するもので、「環境カフェ」や朗読会で公表していきたいです。さらにこのような言語芸術である文学から、芸術系の学会においては、「環境カフェ+アート」の開催も始めています。こうした社会実装に向けた取り組みを今後もいっそう進めていきたいです。

「環境カフェ」をやってみて

田中迅さんの写真
田中迅さん
(九州大学3年)

 九大環境コミュニケーションサークルで「環境カフェ」を行う際、はじめは学生に興味や関心を持ってもらうことに苦労しました。その後、参加してくれた学生がキャンパス内で活動を広げてくれたことで、いまではほかの学生団体や大学の講義などでも「環境カフェ」が導入されるようになりました。今後も「環境カフェ」という対話手法をさまざまな分野に応用していければと思います。

鈴嶋克太さんの写真
鈴嶋克太さん
(東京大学からアメリカのCentre Collegeに留学中)

 「環境」や「もったいない」「お片付け」などのテーマで開催し、日本的な「環境」の考え方や「モノを大事にする」姿勢などを題材に対話を行ってきました。どのトピックも参加者にとって新鮮に受け止められました。日本人とアメリカ人、他の国から来た留学生の考え方の違いが明らかになり、共感を深める場所になっています。大学のキャンパスという、ともすれば閉鎖的で勉強一色になってしまう環境において、身の回りの生活環境や資源の無駄づかいなどに目を向け、小さいところから変えていく意識を持つために、「環境カフェ」は有効なツールであると感じています。

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