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2019年6月28日

遺伝子解析を用いてアオコを解明する

Summary

アオコの発生の原因となる藻類であるシアノバクテリアは小さくて顕微鏡でしか捉えられません。この小さい生き物が私たちの生活を脅かすことがあります。そこで、この小さな生き物について、遺伝子を武器に解析しました。

アオコの霞ヶ浦での挙動

調査地点の図
図5 霞ヶ浦西浦における調査地点
霞ヶ浦データベース測定地点は10地点(赤丸・青丸)、そのうちアオコ原因シアノバクテリア測定地点は5地点(赤丸)、図6に季節変化を記載した2地点は大きな赤丸で示してあります。
 1999年から霞ヶ浦データベース調査と同時に、高浜入り2地点、土浦入り1地点、湖心1地点、湖尻1地点でDNAを使ったアオコ原因シアノバクテリアの存在量の定量を実施してきました。
 土浦入りの湾奥、高浜入りでは2005年から目視のM. aeruginosaによるアオコ現象が認められ、2011年には大規模なアオコが発生しました。一方、湖心、湖尻、土浦入りの調査地点では、1999年以降、目視での大規模なアオコ現象は認められていません。図は国立環境研究所霞ヶ浦データベースを元に作成。

 霞ヶ浦(西浦)は平均水深が4mと浅く、広さの割に貯水量が少ないため、富栄養化しやすい湖です。国立環境研究所では、1976年からモニタリングを行っています。現在まで継続してモニタリングを行っているサイトは10地点です(図5)。アオコ現象は、湖心や湖尻では夏でもほとんど見られず、湾奥でよく発生します。16S リボソームRNA遺伝子で Microcystis aeruginosaM. aeruginosa)の定量が可能になった1999年以降のSt. 1とSt. 3のM. aeruginosaの16S リボソームRNA遺伝子濃度の変化を図6に示します。1.0x106 copies/ml を超えるとアオコ発生の危険があります。2000年に高浜入りでアオコが発生して以降、2004年までM. aeruginosa濃度が減少しました。2005年以降徐々に夏の濃度が上昇し、2011年に大きなアオコ現象が高浜入りと土浦入りで発生し、社会問題となりました。その後、2012年もM. aeruginosaは高浜入りでは高い濃度で推移していますが、2012年の高浜入りでは茨城県霞ケ浦環境科学センターの発表によるとアオコ現象は観察されていません。その後も、2014年、2015年夏はM. aeruginosaの16S リボソームRNA遺伝子濃度は1.0x106 copies/mlに近い値になっていますが、大規模なアオコ現象は観察されていません。私たちの霞ヶ浦全域調査で顕微鏡観察を担当している中川惠氏によれば、2011年のM. aeruginosaは細胞が大きかったとのことです。アオコ現象を予測するには、濃度だけでなく、群体形成能や細胞の大きさなど種内のグループについての情報も必要なことがわかりました。

 また、M. aeruginosaの16S リボソームRNA遺伝子濃度が比較的低かった、2006年から2011年春にかけて、別のアオコ原因シアノバクテリアのPlanktothrix agardhiiP. agardhii)の16S リボソームRNA遺伝子濃度が急激に増加しています。この期間にアオコ原因シアノバクテリアの種の遷移が起こっているのがわかります。2000年以降2010年までは、霞ヶ浦の透明度が低くなっており、光環境がシアノバクテリアの種の遷移を引き起こした可能性が高いと考えられます。

シアノバクテリアの季節変化のグラフ
図6 霞ヶ浦のアオコ原因シアノバクテリアの季節変化
1999年4月から2018年12月までのSt. 1とSt. 3のアオコ原因シアノバクテリアの16S リボソームRNA遺伝子の湖水中濃度変化を示しています。上の図はM. aeruginosaの濃度で、春から増え始め夏にシャープなピークを示しています。その後秋から冬にかけては減少しているのがよくわかります。顕微鏡観察、目視確認との比較から、16S リボソームRNA遺伝子濃度が1.0x106 copies/mlを超えるとアオコの危険があります。St. 3では2001年から2010年まで夏のピーク時でも1.0x106 copies/mlを超えることはありませんでしたが、2011年にこの値を超えて、その後ピークは1.0x106 copies/ml前後で推移しています。一方、P. agardhiiM. aeruginosaが減少していた期間に濃度が増加しています。その季節変化はM. aeruginosaとは異なり、冬から初夏にかけて高い濃度で推移しています。P. agardhiiは上水道のろ過の際、砂ろ過をすり抜けるので大きな問題になりました。

遺伝子解析によるM. aeruginosaの詳細な解析

M. aeruginosaの種内系統群の図(クリックで拡大表示)
図7 M. aeruginosaは遺伝的に12の種内系統群に分けられる
複数の機能遺伝子を用いた分子系統解析の結果、M. aeruginosaは大まかに12の種内系統群に区別できることがわかってきました。そのうち、肝臓毒であるミクロキスチンを産生するのは、系統AとX、系統Bの一部であることも明らかになってきました。他の系統のM. aeruginosaは、ミクロキスチンを産生しませんが、その他の二次代謝産物を産生することが知られています。

 バクテリアは多くの種において、その細胞サイズが小さいために顕微鏡で属レベルでも種レベルでもその違いをかたちで見分けることは困難です。バクテリアの中でも細胞サイズが一際大きいシアノバクテリアにおいては、属レベルであれば、それなりの訓練を積めば区別可能ですが、種レベルの識別になると他のバクテリアと同様に区別することが難しくなってきます。現在では、この顕微鏡観察では区別できない違いを遺伝子解析で区別できることがわかってきています。現在まで、16S リボソームRNA遺伝子が種分類の指標とされる遺伝マーカーとして、広く利用されていますが、種レベル以下のさらに細かい違いを見るには解像度が不足していることも知られていました。しかしながら、近年、DNAの塩基配列を高速かつ大量に取得する次世代シークエンサーが広く利用されるようになったことで、16S リボソームRNA遺伝子以外の機能遺伝子についても比較的簡単に配列を取得できるようになってきました。機能遺伝子とは生命活動の維持に必要なタンパク質をコードする遺伝子などを指し、16S リボソームRNA遺伝子よりも塩基配列の変異が多い分、種レベルや種内での違いを区別することに適しています。そこで、私たちはアオコ原因シアノバクテリアの代表格であるM. aeruginosaを対象に機能遺伝子を比較することで、詳細にアオコを区別し、いつどこにどんな性質をもったMicrocystis属がいたのかを明らかにする研究を行っています。機能遺伝子の比較解析の結果、M. aeruginosaは種内で12の遺伝的に区別される系統に分けられ、その一部が肝臓毒であるミクロキスチンを作ることがわかってきました(図7)。

アオコの富栄養湖における増殖因子

 シアノバクテリアの増殖には光、栄養、温度が必要です。日本では、秋から春にかけては、光と温度が律速因子となり、アオコの原因となるシアノバクテリアは極端に減少します。その後6月から8月にかけて急激に増えます。この、夏の増え方がアオコ現象の発生を左右します。1999年~2007年までのM. aeruginosaの夏の増殖速度は日射量と透明度で説明できましたが、それ以降は光では説明できなくなりました。現在の律速因子としては栄養塩が重要と考えられます。シアノバクテリアは窒素、リンのどちらかが不足すると増殖できません。2005年~2011年春までのP. agardhiiの増加は弱い光でも増殖できるP. agardhiiが栄養塩を独占できたためと考えられます。一方、2011年以降は春にリン濃度が低下し、夏には窒素濃度が低下しています。春のP. agardhiiの減少は春のリン濃度の低下、夏のM. aeruginosaの減少は夏の窒素濃度の減少と関連があったと考えられますが、栄養塩の変化の原因やシアノバクテリアのこれら環境因子の変化への応答については詳細な解析が必要です。

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