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2017年12月28日

オゾン等大気汚染物質に対する植物の応答に関与する遺伝子とその機能の解明

Summary

 国立環境研究所では、設立以来オゾン等の大気汚染物質の植物影響に関する研究を行ってきました。特に、ガス暴露チャンバーを用いた実験により、植物のオゾン応答に関わる遺伝子とその機能を解明するための研究に取り組んできました。これらの研究で得られた成果は、オゾンのみならず様々なストレス因子に対する植物の応答への理解にもつながってきています。

オゾンなど大気汚染物質応答に関与する遺伝子の単離と遺伝子操作による耐性植物の作出

 私たちが国立公害研究所(現・国立環境研究所)に着任した時点(1985-1990年)では、それまでに行われた生理・生化学的研究により、オゾン等のガス状大気汚染物質によって植物に種々の障害が生じ、それには活性酸素やエチレンなどの物質の関与が示唆されていました。しかし、それらの反応に関与する遺伝子は何ひとつ明らかにされておらず、障害を防ぐための有効な手法も確立されていませんでした。そこで私たちは、まず活性酸素の消去系に関連する酵素の遺伝子と、エチレン生成に関連する酵素の遺伝子を植物から単離し、その構造を決定するとともに、それらの遺伝子の発現がオゾンや二酸化硫黄により誘導されることを明らかにしました。さらに、それらの遺伝子を操作することにより、オゾンや二酸化硫黄に強い植物(タバコ)を作出することに成功しました。これらの成果は、活性酸素やエチレンが植物のオゾン障害に関与するという従来の仮説を裏付けるとともに、植物育種等の応用面にもつながるものとなりました。

植物のオゾン感受性への気孔開閉制御の関与の証明

 2000年頃から国内外でシロイヌナズナやイネ等のモデル植物を中心に、網羅的に遺伝子を解読するゲノム解析が進み、その活用によりこれまで困難であった生理反応の解明を遺伝子のレベルから効率良く行えるようになってきました。そこで私たちもその流れに従って、シロイヌナズナの突然変異体を用いた分子遺伝学的研究に取り組みコラム4の図4参照、オゾン応答に関してこれまでに提案されていた仮説について、さらに裏付ける証拠やまだ知られていなかった新たな反応の関与を示唆する結果を次々と得ることに成功しました。その1つが気孔開閉の制御に関するものでした。

 オゾンは葉の表面にある気孔を通って植物体内に吸収されることから、気孔開閉の制御がオゾンに対する最初の防御機構として重要であると考えられていました。しかし、それをはっきりと示す証拠はまだ得られていませんでした。シロイヌナズナのオゾン感受性突然変異体をいくつか単離してその性質を調べたところ、気孔反応に異常を示すものがあることを発見しました。この変異体は野生型と比べて気孔開度が大きく(図6A, C)、ガス状汚染物質のオゾン(図6B)や二酸化硫黄の他、乾燥にも高い感受性を示しました。これにより、植物のオゾン感受性への気孔開閉制御の関与がはっきりと示されました。さらに研究を進めた結果、この変異体の原因が、細胞膜上で物質の移動を制御するようなタンパク質の遺伝子が破壊され、機能しなくなったことによることがわかりました。

 その後、ヘルシンキ大学のグループと九州大学のグループにより同様の変異体の単離と解析が行われ、この遺伝子(SLAC1と名付けられました)が、オゾン、乾燥、高濃度二酸化炭素条件下などにおいて、気孔が閉じる際に活性化される陰イオンチャンネルのものであることが示されました。さらにこれらの発見を契機として、気孔閉鎖メカニズムの研究が大きく進展し、今では、種々のシグナル伝達を介して気孔を取り囲む細胞膜上に存在するSLAC1やその他のタンパク質が次々に活性化されることで、気孔が閉じることが明らかになっています。

図6(クリックで拡大画像を表示) 気孔開度に異常を示すシロイヌナズナの突然変異体
図6 気孔開度に異常を示すシロイヌナズナの突然変異体
A. 野生型(wt)と突然変異体(slac1)の葉面温度を示す熱画像。突然変異体では野生型よりも蒸散が盛んなために気化熱がより多く奪われ、葉面温度が低くなっています。B. 野生型(wt)と突然変異体(slac1)のオゾン感受性。オゾン処理した突然変異体の葉にのみ障害(クロロシス)が見られる。C. 野生型(wt)と突然変異体(slac1)の表皮の顕微鏡画像。気孔開度に差が見られます。

植物のオゾン応答における活性酸素の役割の詳細な解析

 オゾンはそれ自身が反応性に富む活性酸素の一種であり、植物体内に吸収されると葉の組織中の水に溶け込み、細胞膜やその外側(アポプラスト)に存在する様々な物質を酸化すると考えられます。その初期反応に加え、種々の活性酸素種(ROS)が二次的に発生し、オゾン障害に関わることが示されてきました。中でも重要なのが、原形質膜上に存在するNADPHオキシダーゼ等によってアポプラストで産生されるROSと光照射下の葉緑体で光合成に伴って発生するROSです。前者は病原抵抗性反応の研究により見つけられ、病原体感染を知覚した葉の細胞が種々のシグナルを介してNADPHオキシダーゼ等を活性化し、アポプラストにおいてROSを自ら生成します。このようなROS生成は、病原体感染時のみならず種々のストレス条件下で起こり、オゾンストレス下でも障害の発生に関与することが、欧米の研究グループにより示されてきました。

 一方、後者の光合成に伴って発生するROS生成は、オゾン障害が光照射下で生じやすいことから推論されてきましたが、最近、私たちの解析したシロイヌナズナのオゾン感受性突然変異体(オゾン耐性の低い突然変異体)の原因遺伝子が光呼吸という代謝系の酵素のものであることがわかり、これを裏付ける証拠となりました。この突然変異体は、光が強い場合にのみ高いオゾン感受性を示します(図7A)。光呼吸は、強光下において光合成の電子伝達系により葉緑体内で作られるエネルギー物質(NADPHとATP)を消費することにより、電子伝達をスムーズに進行させ、葉緑体内でのROS生成を抑える方向に作用すると考えられています。この光呼吸系の突然変異体が強光下でオゾンに高い感受性を示すことから、オゾンによるアポプラストにおけるROS生成と強光下の葉緑体内におけるROS生成が同時に起こると細胞死が強く誘導され、葉の可視障害が生じることが示唆されました(図7B)。オゾン以外にも種々のストレス因子によりアポプラストでROSが生成することや、強光下でストレスの程度が増すことが知られていることから、この仮説はオゾンのみならず他の多くのストレス応答にも適用できると考えられます。

図7(クリックで拡大画像を表示) 光呼吸系酵素に異常のある突然変異体
図7 光呼吸系酵素に異常のある突然変異体
A. 異なる光強度下での野生型と突然変異体のオゾン感受性。これらの植物を弱光(曇りの日の明るさ、写真の左半分)と強光(弱光の3.5倍の明るさ、写真の右半分)の下でオゾン処理した後、写真撮影した。強光下でオゾン処理した突然変異体の葉にのみ障害(クロロシス)が見られる。
B. 光呼吸に異常のある突然変異体がオゾン感受性になる理由についての仮説。野生型の植物では(左図)、強光下において光合成の電子伝達系により葉緑体内で作られるエネルギー物質(NADPHとATP)が炭酸固定や光呼吸により消費され、過剰に蓄積されることはありません。ところが、光呼吸系突然変異体では(右図)、光呼吸や炭酸固定(カルビン回路の基質枯渇による)が阻害されるため、これらのエネルギー物質が十分消費されずに過剰蓄積します。その結果、電子伝達の流れが悪くなり、電子が酸素に受け渡されて活性酸素が多く発生します。この葉緑体における活性酸素生成とオゾンによる細胞外での活性酸素生成が同時に起こると、遺伝的プログラムにより細胞死が誘導されます。したがって、光呼吸は、強光下において、オゾン等のストレス因子に対する植物の耐性に大変重要な役割を担っていると考えられます。
HL:強光、N:核、O3:オゾン、PET:光合成電子伝達系、ROS:活性酸素

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