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2012年7月31日

汽水域の干潟環境とその保全について

研究をめぐって

大きな川が流れ込む閉鎖的な内湾域には、潮が引くと海面上に現れる干潟が発達します。干潟は、沿岸域における水質浄化の場であるとともに、干潟でしか見られない多くの生き物を育む場でもあります。
干潟とはどんなところで、日本の干潟は今どのような状況なのか、さらに希少種の生息場所としての干潟やヨシ原の重要性と、その保全について紹介します。

1.干潟の成因と種類

 干潟が良く発達する地域は、波あたりが弱く、大河川が流入する内湾奥部です。このような場所では、淡水と海水が混じり合い、川から運ばれてきた土砂が堆積するため、泥や砂からなる干潟が形成されます。日本で最も広大な干潟を有する有明海奥部には、九州最大の筑後川が流れ込んでおり、川が運んできた粒子の細かい泥(シルト分)が堆積することで、ムツゴロウなどが生息する泥深い干潟が数km沖まで発達しています。一方、外海に近く波あたりの強い場所には、砂質の干潟が良く発達します。砂の干潟は泥干潟と比べると格段に歩きやすく、出現する生物の種類も大きく異なっています。実際に、有明海でも湾奥部には泥干潟が発達し、より湾口に近い海域では粒子の粗い砂質干潟が多くなっています1)

 一般に、干潟はその立地や成因により、3タイプに分けられます(図9)。潮が引いた時に河口部の両岸に出現する干潟を「河口干潟」、陸地の前面に出現する干潟を「前浜干潟」、砂嘴(さし)で囲まれた潟湖内に発達する干潟を「潟湖干潟」と呼んでいます。例えば、有明海の干潟の多くは、前浜干潟であり、東京湾の多摩川や江戸川放水路の河口部には河口干潟が発達します。北海道のサロマ湖や宮城県の蒲生干潟、福島県の松川浦は潟湖干潟に分類されます。干潟の陸に近い場所には、ヨシやシオクグが茂る湿地帯が発達することが多く、このような場所を塩性湿地と呼びます。自然が良く残された河口域では、広大な塩性湿地を目にすることが出来ます。

図9 河口・沿岸域と干潟の概念図
干潟には、河口干潟、潟湖干潟、前浜干潟があります。河口域にはヨシが茂った塩性湿地、砂浜には海浜植物群落、浅い沿岸域にはアマモが茂った海草藻場が発達します。

2.日本の干潟の現状

 1940年代頃の日本には、有明海や東京湾、三河湾といった内湾域を中心に、82621haもの干潟がありました2)。海域ごとに比べると、東京湾(9449ha)が有明海(26609ha)に次いで2番目に位置していました。しかし、高度経済成長期に多くの干潟が埋め立てられ、1978年の干潟面積は、1940年代と比較して全国で34.8%も減少してしまいました。埋め立てによる喪失は大都市近傍で著しく、東京湾で83%、大阪湾で92%、伊勢湾で53%の干潟が失われました。現在、全国の干潟の半分近くが有明海・八代海沿岸に残されています。

 東京湾沿岸にも、幾つかの干潟が飛び地のように残っています。最大の干潟は、千葉県木更津市にある小櫃川(おびつがわ)河口干潟と、その前面に広がる盤州(ばんず)干潟です。その他にも、横浜市の野島海岸、多摩川河口干潟、船橋市の三番瀬、習志野市にある谷津干潟などが、天然の干潟として残されており、大井人工干潟や葛西海浜公園のような人工干潟も作られています。これらの干潟や浅場は、東京湾の生き物にとって、貧酸素水塊や青潮から逃れることの出来る“一時的な避難場所”として重要です。

※貧酸素水塊と青潮:水温の高い春~秋口に有機物が活発に分解され、酸素が消費されると、海底付近に酸素に乏しい水塊が発生します。貧酸素状態が続くと、水中に毒性の強い硫化水素が蓄積することがあり、風や気温の変化によって表層へ運ばれると青潮と呼ばれる現象が起こります。青潮は底生動物や魚類の死滅を引き起こすことがあります。

3.多様な生息場所を保全する

 様々な生息環境が混在することで、同じ広さを持った地域の中に、より多くの生物種が共存することが出来ると言われています。河口・沿岸域には、干潟の他に、塩性湿地(ヨシ原)や砂浜海岸、海草藻場(アマモ場)などの生息場所が近接し(図9)、それぞれに特有の生物種が一定のまとまりを作って生息しています。有肺類のオカミミガイの仲間は、汽水域のヨシ原に暮らす「カタツムリ」の仲間で、その多くが環境省のレッドリストで絶滅の危険性があると評価されています。ヨシ原内にはオカミミガイ類の他、カワザンショウガイ類や希少なカニの仲間も暮らしています(図10)。また、干潟や塩性湿地にはヨシやシオクグの他、希少な塩性植物が生育しています。砂浜海岸には乾燥や塩分に強い植物の群落が発達しますし、海草藻場には多様な葉上動物が生息します。

図10 河口域に発達したヨシ原と、そこに生息する希少な底生生物や塩性植物

 底生生物の多くは、ある時期を浮遊幼生として過ごし、その後、干潟やヨシ原に回帰して底生生活に移行します。彼らを保全していく上では、隣接したヨシ原や干潟、海草藻場といった多様な生息環境を、「互いに関連した一繋がりの系」として維持していくことが非常に重要であると考えられます。

(金谷弦)

 1) 佐藤正典編(2000)有明海の生き物たち,海游舎,p396.
 2) 花輪伸一(2006)日本の干潟の現状と未来.地球環境,11,235-244.